小説

『本当の恋人』淡島間(『スカボロー・フェア』)

 それに比べ、毎日のようにバイト先に来て、私をからかう男子たち、あいつらは一体何なのか。
 五、六人でボックス席を占領しては、コーヒー一杯で何時間も居座る。その間ずっと、私のどうでも良いことを、さもおかしそうに取り立てて笑う。中庭で段差につまずいて転びかけたのを見た、とか、この間の服装、あのスカートはロリっぽかった、とか。ひどい時には、スピーキングの授業で発音が変だった、と言っては、妙な声色で真似をする。ちらちらと視線を投げて、私の反応を探るのが一層憎らしい。
 その集団には、同じクラスの男子も混じっていた。教室の中ではそんなに嫌な奴ではなく、むしろ親切なところもあるのに、この店に来ると、率先して私のことをあげつらう。
 わけが分からなかった。私は何か恨まれることでもしたのか? テーブルを拭きながら、他の客の注文を取りながら、忍び笑いを背中に受けるのはつらかった。
 きっと私が地方の出身で、一浪して入ったから、バカにされるのだろう。これは私の中で大きなコンプレックスになっていた。誰も頼る人のいない都会で、全くの一人だと感じることも度々で、故郷を恋しく思うこともあった。男子たちの嘲笑は、私の郷愁の想いに拍車をかけた。
マスターは気さくで優しい人だ。気にすることないよ、と耳打ちしてくれるお客さんもいる。職場の環境は悪くないが、あの男子たちのからかいは耐えがたかった。
 このことを手紙に書くと、いつにない憤りの末に、
『みはつちゃんはじきに村へ帰って、僕と一緒になるのだから、そんなつまらない奴らを相手にしてやることはない』
 と、断言する。思わず笑ってしまった。私も早く帰りたい。一刻も早くここを発って、あなたと一緒になりたい、と返事をした。
自分に向けられた愛情ではない、と知りながらも、彼の優しい言葉は嬉しかった。うつうつと溜まった鬱憤が、こうして共感してくれる人がいることで、何十分の一にも小さくなる。私は見知らぬ彼に感謝した。
 と同時に、これまでになく、後ろめたく感じたのも事実だ。
 ここまで純粋に、恋人の帰りを待ちわびる彼。新しい思い出が増えないせいか、みはつさんとの過去を回想することも多かった。まるで、君も思い出してくれ、と言わんばかりに。この間も、
『みはつちゃんがよく歌っていた外国の歌、あれ、口笛で吹けるようになったよ。パセリ、セージ、ローズマリー、タイム』
 と綴られていた。思い当たる節があって調べたら、どうやらこれは、イギリスの古い民謡らしい。
スカボロー・フェアへ向かう旅人に、自分の恋人への伝言を頼む、という歌なのだが、その内容は無理難題だ。縫い目のないシャツを作ってくれ、とか、枯れた井戸で洗濯してくれ、とか、海と砂浜の間に広大な土地を用意してくれ、とか。
これらの実現不可能なことを並べた挙句に、こう締めくくる。「それが叶えば、あの人は私の本当の恋人」、と。つまり、二人は永遠に結ばれないのだ。
 どうして、みはつさんはこんな哀しい歌を歌っていたのか。彼女の帰りを疑わない彼。でも、みはつさんは、恋人であるあなたに行き先を告げず、この部屋を去ってしまったのですよ。きっといくら待っても、みはつさんはもう、あなたの元へは戻らないだろう。
 真心のこもった手紙を前に、私の心は鈍く痛んだ。

 夏休みが開けて間もない午後、例の男子が一人で店にやって来た。

1 2 3 4