小説

『雀の子』珊瑚(『舌切り雀』)

 その女の子は色が白く、華奢で、背の丈はわたしの臍のあたりまでしかなかった。年は六つかそこらだった。切れ長の目元と薄い茶色の瞳が愛くるしく、庇護欲を誘った。結わえるほどの長さもない髪も茶色がかり、それぞれ細くふわふわとして、頼りなかった。彼女は花が好きで、家の前の浅い堀沿いに咲いたツヅジの蜜を吸うのを教えてやると、飛び跳ねて喜んだ。些細なことで、鈴のような笑い声を響かせた。

 先の大戦の始まる数年前のことで、私はその年の春に十六になったばかりだった。年を重ねたのと同時に、親の差配で一回り上の旦那様へ嫁ぎ、主婦として家事と家計のやり繰りに明け暮れていた。旦那様は中学校の教師をしていた。既にご両親とも他界し、小さな庭のある平屋を受け継いでひとりで暮らしていた。
 二度会ってすぐに話がまとまったので、どのような人なのかよく分からなかったが、貰ってもらえるなら構わなかった。私は五人兄弟の一番末で、家は貧しかった。家柄や伝手も取り立ててなく、私自身の容姿も優れなかったので、与太者や、あまり好ましくない家へ嫁ぐことも覚悟していたが、幸い良縁に恵まれた。半年が穏やかに過ぎる間、てっきりそう思っていた。
 近所の田で、稲穂が垂れ始める季節だった。朝、学校へ向かうのを見送りに出ると、旦那様は前触れもなく、「娘がいるので、引き取りたい。少し問題があって、実子として届け出られないから、僕と君の養女としておく。一週間後に家へ来るから、世話をしてやってくれたまえ」と言い渡した。
 私はあいまいに頷き、微笑み、家が賑やかになって良うございますね、と言った。
 一人になってからそっと自分の下腹を撫でた。ちょうど半月前に、夕立に濡れた玄関前の石畳で足を踏み外して、子を流したばかりであった。この時機にこの話を持ち出すのは、いささか残忍と思えたが、反対できる立場ではなかった。旦那様の子を流してしまったのだ、男子であったかもしれないのに。
 気のせいに違いないが、腹が痛むような気がした。

 ちょうど一週間後、昼下がりの麗らかな日の中、手ぬぐいで深くほっかむりをした婆やに連れられて、その子は家へやってきた。お嬢様、と促されると、その子はぐずりもせず婆やの手を離し、土間で草履を脱いできちんと揃え、姉さま、お世話になります、と手を付いて言った。可愛らしさと、それ故に増幅する憎らしさに、いっそ笑い出しそうだった。
 婆やはこの家で使う人ではないらしく、私に子を託し、茶を出す間もなくそそと帰って行った。
 旦那様は珍しく、午後五時を少し過ぎた頃には帰宅して、戸をくぐるなり彼女の名を呼ばわった。彼女は目を輝かせて座敷から駆け出し、大きな声で、「父さま!」と叫んだ。私は針仕事の手が離せない、という風を装って、親子の再会の場を避けながら、途方に暮れた。
 その夜、優しい姉さまができてうれしい、これから父さまとずっと一緒にいられるのはもっとうれしい、とはしゃぐ彼女をなだめて夕飯を取らせ、早めに床を敷いて寝かせることにした。急いで仕立た小さな浴衣を、彼女はうれしそうに身に付け、おやすみなさいませ、とまた手をついて挨拶をした。

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