小説

『雀の子』珊瑚(『舌切り雀』)

 彼女はしゃくり上げることも忘れたように、涙をたたえた目を零れそうなほどに見開いて、驚く程の速さで庭に飛び降り、そのまま暗がりの中を道へ飛び出し、そこで、堀に足を取られ、石で頭を打った。頭から血を流しぐったりして、そのまま二度と目を開けなかった。
 葬儀が終わってから、庭をふと見ると、巣立ったらしい燕が、私の踏みつけにした洋菓子の屑を啄んでいた。

 彼女の残したものを、旦那様は空想のつづらに入れており、そこから取り出して時折眺め、楽しみ、最後に必ず悲しみとともに仕舞い、また次に開ける日を待つ。そのつづらは、一年にも満たない間の夜と朝と、たまの休日を彼女と過ごした、楽しく可愛らしい思い出で一杯になっている。
 私のつづらは、旦那様のものよりも相当大きい。そこに入っているのは、愛くるしい彼女、愛しいと思いながらも苦しみの元でもあったこと、すべての楽しく美しい日々と、狂おしい程憎らしい日々である。それは呪いのようなもので、私が死ぬまで軽 くなることも、小さくなることもない。
 私と旦那様は、今でも、並べた布団に彼女の分の場所を空けて眠る。家の前の堀沿いには今年も、ツツジが綺麗に咲いている。

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