途端に家の中は静かになった。虫の音が煩わしく、電球のジジ、という音にすら、何とか保っている均衡を壊されそうだった。
「可愛い、子ですね」
熱く入れた茶を出しながら言うと、旦那様は目を細めて、「君にはすまないね。けれどどうしても引き取りたかったのだ。きちんと話を付けてあるから、あれの母親のことは、気にしなくていい。とにかく、仲良くやってくれさえすれば、僕は口を出さないつもりだ」と言った。
ぼんやりと、私が色々なことをうまくできなかったから、こうなってしまったのだろうか、と思った。
彼女は一人で寝るのを嫌がらなかったが、夜中、はばかりに行くのが怖いと起こしに来た。それが何日も続くうち、ここで一緒に寝ないか、と旦那様が言った。旦那様と私の並べた布団に招くと彼女は喜び、真ん中に入って少し身じろぎした後、私の布団を選んだようで、おまけに私の方を向いて寝るのだった。姉さまと一緒に寝られるのがうれしい、と小さな声で言うのに、私は思わず彼女を抱きしめた。おそらくこの時、私は実子を持つことを諦めたのだろう。
彼女と暮らすのは楽しかった。
空気が冷え始め、軒先に燕が巣を作るのを日がな見つめて、出来具合を興奮して話したり、庭の手入れを共にしたり、言葉も笑顔も惜しまないことが、驚く程人の心を温めることを知った。二人で童謡もよく歌った。小さな体に似合わず、彼女の声はよく通り、隣家の主婦が褒めるほどだった。
彼女を憎む道理などない。しかし、時にひどく辛く感じた。己にない可愛らしさと、それを慈しむ旦那様や周囲の目に、勝手に身がすくむのだった。
世間から見れば私は継母にあたるのだから、きついあたりを見とがめられないよう、注意していた。けれど、日中の長い時間を二人きりで過ごす間に、気が緩んだのだろう。
きっかけは些細なことだった。
珍しいものが手に入った、と、旦那様が舶来物の菓子をひとつ、懐紙に包んで持ち帰った。私が嫁いでちょうど一年が経った、春の夜だった。職場の同僚が退任する日で、これまでの御礼にと貰い、珍しいので彼女が喜ぶだろうと持ち帰ったのだった。初めて見る可愛らしい円形で、バタと砂糖のたっぷりと入った薄い茶色の菓子を与えられて、彼女は有頂天だった。旦那様は送別会で、あまり得意でない酒を飲んでおり、いつもよりも陽気に彼女の相手をした後、いびきをかいて眠ってしまった。彼女も直に船を漕ぎ始めたので、いつものように二人で布団に入った。
夜に、姉さま、かゆい、とか細い声がするのに起きると、彼女はヒイヒイと苦しそうな呼吸をして汗をかき、腕と腹を搔きむしっていた。薄い茶色の目には涙が滲んでいた。咄嗟に額を触ると、子どもとはいえ常にないほど熱く、異変を来しているのは明らかだった。浴衣から出た腕にも腹にも、一面に赤く無残な発疹が出ていた。
彼女を抱きしめ、旦那様、と大声で呼び、肩をつかんで揺すぶったが、酔いのせいか不明瞭な言葉を吐くばかりで起きなかった。