小説

『本当の恋人』淡島間(『スカボロー・フェア』)

 その手紙が届いたのは、大学に入って間もない、五月の初めのことだった。
『みはつちゃん、早く帰ってきてね。僕は毎日、みはつちゃんのことばかり考えている。村に帰ってきた君と、一緒になることだけを楽しみに過ごしている』
というラブレターだ。どうしたものかな、と、少し考えてから、
『私も早く帰りたい。あなたを忘れたことは片時もない』
と書いて、ポストに投函した。アパートの周囲には見当たらなかったので、足をのばして雑木林の方まで探したら、畑の横に、赤い塗料のさびた、古い丸型ポストが置かれてあった。
返事はすぐに送られてきた。私の手紙を読んで、真っ先にペンを取ったのだろう。前回よりもさらに愛情深く、
『手紙、すごく嬉しかった。僕は本当にみはつちゃんが大好きだ』
と、踊るような文字が並んでいる。
 さすがにまずいと思った。他人宛てに送られてきた手紙を、その人になりすまして、返信するべきではなかった。しかし、今さら思い悩んだところで、出してしまったものは取り返せない。何枚も重ねた便せんの重さに、差出人の弾むような期待を感じて、私はまたも、返事を書いて送るよりほかに仕方がなかった。
 こうして私は、知らない相手との文通を始めた。

 何度もやりとりをするうちに、恋人のみはつさんは仕事で東京に行っていて、この男の人とは同じ村で育った幼なじみだ、と知った。
『今年は波が穏やかで、松林も順調に育っている。月の良い夜には決まって浜辺を散歩しては、みはつちゃんの無事を祈っている』
との記述があったから、海に面した村なのだろう。
『人も車も多い都会で、繊細なみはつちゃんが目を回していないだろうか』
と心配されると、まるで自分に向けられた言葉のように錯覚してしまう。
この春に上京したばかりの私は、彼の書くように、大都会のスピードに少々参っていた。慣れない大学生活に加えて、キャンパスの近くの喫茶店でアルバイトを始めたのだが、これが思ったよりも大変だった。仕事上がりに、大学の図書館の片隅で便せんを広げ、彼からの手紙を横に返事を書く時が、忙しい日々の中で、一番楽しいひと時だった。
素性がばれてはいけないので、当たり障りのない話題しか書けなかったが、彼はいつでも丁寧な返事をくれた。街路樹の新緑がきれいだ、と書けば、
『きれいと感じるのは、みはつちゃんの心が美しいしるしだ』
と褒めてくれる。近所の猫が初めて触らせてくれた、と書けば、
『毎日みはつちゃんに会えるその猫が羨ましい』
と拗ねたような文句が並ぶ。親愛に満ちた手紙を受け取ると、胸の辺りに、あたたかい灯が燈るように感じた。嫌なことがあって、ふさいだ気持ちで書いた時には、
『みはつちゃん、近くにいてあげられないけれど、僕はいつでも君の味方だ』
 と、全てを見透かしたような言葉を受け取り、その返信を、固く抱きしめたこともある。届いた手紙は私の宝物になり、彼に対する好感は募る一方だった。

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