小説

『幻のお供』池田啓真(『桃太郎』)

 桃太郎は淡々と語った。桃から生まれたという生い立ちから始まり、「鬼」を倒しに行くことになった経緯に至るまで、すらすらと語った。その語り口調には、まるで自分が「鬼」を退治しに行くのは自然の理であるかのように一切の迷いがなかった。
 桃太郎があまりにも当然のように話すものだから、剣八もいつのまにか、初対面のこの男が桃から生まれ、遠い地の「鬼」たちを倒しに行くらしいということが当たり前のことであるかのように聞いていた。
 桃太郎は話の終わりに「俺と共にこないか?」と言った。剣八が、「俺が村で一番強いと聞いてのお誘いか?」と尋ね返すと、桃太郎はふっと笑った。
 「この辺りに村があるのか?」
 桃太郎の返しに剣八は息を呑んだ。
 「山で一番強いやつはここにいると思った」
 桃太郎は、山の頂から眼下の緑の海を見下ろし、剣八の疑問を読み取ったかのようにそう言った。剣八がこの男について行こうと決心するにこの一言で十分だった。
 そして今、その桃太郎の後ろ姿はかすかに緊張を帯びている。木々の合間から漏れ出す橙の光が桃太郎の腰元の藍色の巾着袋を照らす。桃太郎のゴツゴツとした手が巾着袋に触れ、中から熊笹の葉に包まれたきびだんごを一つ取り出す。
 剣八はドキッとした。桃太郎が以前言っていたことが脳裏に響き渡る。
 「こいつは婆さんと爺さんがこしらえてくれたもんだ。力を借りたい時はこいつを口に放り込めとな、そう言ってもたせてくれた。ただの菓子だが、落ち着いて力が湧いてくるような気分になるもんだから、不思議だ」と。
 この桃太郎が今力を借りようとしているということなのだ。それほどまでの強者だというのか。
 実際剣八も静まり返ったこの地の空気が張り詰めているのは感じていた。
 王亀。どれほどの人物だというのか。
 村人の話によると、男は池のほとりの小さな小屋に住んでいるという。どこからともなくいつのまにか現れたその男は、村に現れることはなく、村人の中にもその顔をはっきり見たことのある者はほとんどいないらしい。以前池のほとりで王亀を見たという者の話によると、坊主頭の前から後ろにかけて稲妻のような傷跡があり、その背は亀の甲羅のように、隆起する筋肉が文様を描いているという。一説によると、隣国の戦で幾千の戦士を束ねた戦士長であり、また一説によると夜の闇に紛れて幾千の人を殺めてきた忍びだという。いずれにしてもその体からは幾千の血の匂いが漂っているらしかった。
 桃太郎は立ち止まった。剣八もその後ろで立ち止まる。
 二人の前には池が広がっていた。
 濃い緑色の池は二人の前に弧を描くように広がっている。

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