小説

『屋根裏の動物園』永佑輔(『屋根裏の散歩者』)

「覗かれたのか……言っとくけど男は膨張率が勝負なんだぞ」
「膨張したときの話をしてんだけど」
 郷田は落胆を悟られぬよう話を変える。
「どこから忍び込んでんの?」
「毎日、並以下君の部屋から」
「毎日、俺の部屋から……」
「並以下君と鉢合わせないようにするのは大変だけど、それもこれも遠藤さんを見守るため」
 不法侵入にストーカーに覗き、加えて股間への辛辣な評価。まともなコミュニケーションを取ってはいけない人間だと判断して、郷田は口をつぐんだ。
「さーてと、一緒にモルヒネ飲もっか?」
 明子はモルヒネの瓶を掲げて不敵な笑みを浮かべた。曰く、遠藤の真上で二人が抱き合った状態で死ぬ、すると部屋に死臭が充満して迷惑をかけられる上、アタシにも本命がいたの、この能なし金なし甲斐性なし、という主張になる、とのこと。
「死ぬことより生きることを考えろって」
 と郷田の提案。
「人を殺そうとしておいて生きる? どの口が言ってんの?」
と明子の反論。
「はあ? 人を殺すなんて毛の先ほども考えたことねえぞ」
 と郷田はすっとぼけ。
「見たよ、並以下君が水を垂らしたトコ」
「だから?」
「アタシも予行演習した、モルヒネの前に水で。アンタが遠藤さんの部屋からモルヒネを盗むトコも見た」
あはは、郷田は愛想笑いを返すだけ。
「並以下君はどうして殺したいの?」
「バレたんだ、覗きが」
「罪を隠すために罪を犯す。バカじゃん」
「嫉妬にかられて殺す方がバカだね……ひっ!」
郷田は明子の背後を見やって悲鳴を上げた。
明子は恐る恐る振り返る。と、ミイラ化した遺体が横たわっている。
「死臭じゃ誰も気づいてくれないってことだ。生きるしかないんだ、よっ!」
 郷田は明子からモルヒネの瓶を奪った。
「生きるなら食べないと」
 明子はネズミをとっ捕まえてガブリとかじり、口の周りを赤く染めた。
「ほら、並以下君も」
 差し出されたネズミは足をバタつかせている。
 郷田はためらい、促され、ためらい、促され、三度目のためらいの後、口に押し込められた。

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