小説

『屋根裏の動物園』永佑輔(『屋根裏の散歩者』)

 ジリリリリ! 目覚まし時計が鳴った。普段はうっとうしいこの音、これこそ郷田が毎朝七時に聞いている音だ。
「俺の目覚ましだ。誰かが不在に気づいてくれるぞ。そしたら俺らを見つけてくれる」
「ウチらが覗き魔だってバレちゃうじゃん」
「俺らは霊的なものに誘われてここに来た。あの死体があればこんなウソでも通じるだろ」
 そう言って郷田は口についたネズミの血を拭った。
 主を失った目覚まし時計はようやく隣人の手によって止められた。
 果たせるかな、郷田行方不明の一報は懇意にしている私立探偵Aの耳に届いた。
 Aは下宿にやって来ると、郷田の部屋には一瞥もくれず遠藤の部屋に直行。そこには遠藤をはじめとした下宿の住人たちが。
「どうですか?」
 Aが尋ねた。
 遠藤が脚立を出しながら、
「いい塩梅です。どうぞ」
 Aは涼しい顔で脚立に乗り、マジックミラーになっている節穴を覗いた。
 屋根裏では郷田と明子がネズミを頬張っている。
 遠藤は脚立を押さえ、
「Aさんのおっしゃる通りにしたら二人とも確保できました」
「郷田さんと明子さんを誘導することぐらい造作ありません。それにしてもあのマネキン、遺体役をしっかり演じてますね」
 Aは得意気だ。
 隣人が見上げて、
「いくら覗かれたっつっても少しばかしやり過ぎじゃねえか?」
 住人たちは一斉にうなずいたが、遠藤だけはかぶりを振る。
「私は殺されるトコだったんです。人を殺めようとしたお仕置きには優し過ぎます」
 隣人は納得して、
「ならしょうがねえ。で、いつまで閉じ込めとく気だ?」
「しばらくは人間動物園をやってもらいます」
「だからいつまで?」
「いつまでって、そりゃまあ……」
 遠藤は答えられず、Aを見た。
 ヒョイ、とAは脚立から飛び降りる。
「元気がなくなるまで」

 ひと月後、下宿に向かって長い行列ができている。
見物を終えて出て来た三人連れの女性客が黄色い声を出して大はしゃぎ。
「女の人、不満そうだったね」
「そりゃ仕方ないよ。だって言っちゃ悪いけど、ねえ?」
「ふふふ、並以下だもん、ねえ?」
 郷田と明子はまだまだ元気だ。

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