小説

『甘橙』細田拓海(『檸檬』)

 得体の知れた不吉な塊が、私の腹の中を終始押さえつけていた。怒りと言おうか、虚しさと言おうか、酒を飲んだあとに二日酔いが来るように、その塊は私の中に居座っていた。この塊の正体について、私は検討がついている。それは、散っていった恋慕の情と言えば確かにそんな気がするし、友情と慰めの証と言えば、そんな美しいものではない。己の罪と罰と言えば、誰しもが「その通り」と頷くであろう。
 どうやら時刻は昼過ぎらしく、スーツの男たちが憐れむような目で路上に転がる我々を見ていた。私は体を起こし、傍らで横たわっている高見沢に帰宅を促したが、「おぬしは先に帰れ!私もあとで行く!」と訳の分からぬことを言いながら再び眠ってしまった為、私は彼を残してその場を後にした。
 例の塊は、私が一歩踏み出すたびに私の口から出ようとしているらしかった。私は速度を落とし、ゆっくりと地面を噛みしめるように歩いた。そう、私は紛れもなく二日酔いだったのである。

 何故こんなことになってしまったのか、時は二日前に遡るが聞いて戴こう。私は二年間交際を続けた女性との関係を絶った。いや、「絶たれた」のである。
 彼女は名を涼子といった。某大学で私が所属する演劇サークルの後輩であり、小野小町も顔を隠したくなる程の美貌の持ち主。彼女こそ、天性の才を持った女優であった。彼女が入部するや否や、部内の男達はこぞって彼女との二人芝居を所望した。男たちの鼻の下が伸びきっていたのは言うまでもない。二人芝居というのは勿論口実で、あわよくば密室の稽古場であんなことやこんなこと、そんな不潔極まりないことを考える野郎ばかりであった。勿論、彼らの誘いに彼女は首を縦に振ることはなかった。
 一方、私は彼女のことなど最初から諦めていた。部内の男たちほぼ全員から交際を迫られている彼女が、何故平凡で何の特徴もない美術班の私を選ぶことがあろう。
 しかし、「現実は小説より奇なり」という言葉が存在するように、人生は自らの想像を超越した展開を見せることがある。信じられないことに、神は私にスポットライトを当てたのである。あれはサークル全体での飲み会のこと。脚本調で記そう。

男① ねえ、リョーコちゃ~ん。そろそろ返事くれてもよくない?
男② そうそう。み~んな期待してるよ?リョーコちゃんずーっとハッキリしないから。
涼子 そうですよね。ごめんなさい。
男① いやいやいや、謝らくていいのいいの!
男② そうそう。涼子ちゃん何も悪くない。ごめんね、ごめんね。
涼子 私も、そろそろ皆さんにちゃんと気持ちをお伝えしないといけないなって思っています。
男① え?
男② もしかして、誰にするか決めたの?
京子 ・・・はい。
男① まじで!?
男② え、誰?誰!!
京子 ・・・斎藤先輩、です。
男たち ・・・誰?

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