小説

『屋根裏の動物園』永佑輔(『屋根裏の散歩者』)

 ザンバラ髪の女が這いつくばって来る。
「ひっ!」

 つい昨日、明子は遠藤にふられた。嫌だ、嫌だ、すがりついてもムダだった。アンタを誰かに取られるぐらいなら殺す、でもってアタシも死ぬ、明子はそう決心した。まず遠藤からモルヒネを盗む。仕事の都合で所持しているのだ。次いで屋根裏に忍び込む。で、ヒモを節穴に通し、遠藤の口の真上まで下ろす。ヒモをモルヒネに浸す。ピチョ、ピチョ、ピチョ。さよならアンタ、地獄で逢いましょ。という算段だった。
 ところが、いざ節穴から遠藤の部屋を覗くと、正江という女とねんごろになっている真っ最中じゃないの。すでに遠藤は誰かに取られていた。いや、ハナッから明子は遊びで、正江が本命だったわけだ。てなわけで明子は初志を、殺害動機を失った。
 何が腹立つって、遠藤は節穴の向こうの明子を見ながらピロートークに花を咲かせやがったのだ。
「どうして連れて来てくれたの? 詫び住まいは見せられないって言ってたのに」
「わずらわしい用事が片付いた途端、ボロだの何だの気にならなくなってさ」
 わずらわしい用事……これが自分だと気づいた明子は、顔を上気させて卒倒した。目を覚ますと真っ暗闇、マッチを頼りに独り言の郷田、というわけだ。
 ウンウンとうなずいて郷田は口を開く。
「全て遠藤が仕向けたんだな。明子さんは遠藤に閉じ込められたんだ」
「有り得ない。修繕日は○月×日、明日のはずだもん」
「本来、修繕日は今日。それを遠藤が明日に書き換えたんだよ。明日ってことにしとけば今日が忍び込むラストチャンス、殺すラストチャンス。そこを狙って閉じ込めたってわけだ」
「マッチ、いい?」
 明子が手を差し出た。
 彼女の動きにビクッとしてから、郷田はマッチを渡す。
 明子はマッチを擦ると、素早く女郎グモを捕まえ、ミソッ歯を見せて笑う。
「炙った方が美味しいっしょ」
「ちょっと待った! そんなもん食ったら……」
 郷田の忠告が終わらない内に、明子はクモをパクリと食う。それも生で。
「ほぼエビ」
「ならエビを食べりゃいいじゃん」
「どこにエビがいんの? エビが見えんの? ナミイカ君には」
「ナミイカ? 俺は郷田」
「アソコが並以下だから並以下って名付けたの」

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