二人は小さく笑いあった。そして、食後のコーヒーが来る頃には、傍から見れば一緒にやって来た親しい友人同士のように見えていた。
「絵を描かれるんですか」
仕事の話を始めたのも古賀のほうだった。
「はい。あ、パソコンで書き物ですか? お仕事…」
「一応作家…なんですけど、ブログをやってるんです」
「すごいな。まめでいらっしゃるんですね」
「いや、ほとんどまだメモの段階なんですけど」
「どんなことを書くんですか?」
「色々な場所で出会った、忘れない人のことを書いてるんです」
「え?」
「出会いっておもしろいじゃないですか。小さくても忘れないもになったり」
「そうですか?」
「はい」
「見たいなあ」
「え?」
「たぶん同い年ぐらいですよね。どんなことを書かれるのか興味がありますよ」
「そんな」
「ちょっとだけ…読ませてもらうのはだめですか」
「メモですよ。あなたのほうの絵だったらほんとにまだラフスケッチです」
「それでもいいですよ」
「はずかしいなあ。じゃあちょっとだけ自分で読みますね」
はずかしいと言いながらもすらすらと画面の字を読む古賀である。
「11月21日。人身事故で遅れた帰宅の電車はいつもの200パーセントの込みようだった」
それを鍋島はニコニコしながら聞いている。
「ドア横にいた僕は鞄が変な角度になっていたために降りる動作が緩慢になった。すると背後からの圧が予想を超えてのしかかった。思わず「すごっ」と口から出た。と、追い抜きざまにわざわざ振り返り嘲笑を向ける若い男、「なんなの」と言い捨てる中年女性。みんなが平等に耐え、無言でやり過ごさねばならないラッシュ時の常識を破った者への糾弾を浴びせられたようだった。しかしその時、すぐそばで小さな子の甲高い声がした。「ぼくは大丈夫だけどユウタが…」
――母親と弟と乗っていた子が、母親から大丈夫かと案ぜられて出た言葉だった。僕はそれを一瞬獣と化した乗降客に向けた言葉だと思った。半分になった客を乗せ電車は去った。さっきの糾弾を受け止めきれない僕はホームを歩き出す親子の姿をうしろから見送った。
すなわち、そのわずか5つぐらいの少年が僕にとって、忘れない人、の一人になった」
己の文章の余韻に浸るように古賀は沈黙し、聞き手の鍋島が返した。
「いいエピソードですね、あったかい」