「ってことらしいよ」
唐突に貝塚くんが自販機に向かって呼びかける。死角から顔をのぞかせたのは。
涼葉だった。
声にならない叫び声をあげながら美空は貝塚くんを見る。しかし貝塚くんは涼葉を見ていた。
「山下さんさ、真正面から飛び込みすぎなんだよ」
何か一度言いかけてから涼葉は口を閉じる。そして再びその口を開いた。
「そのとおりだわ! ごめん美空!」
「いやちがうの! 本当うれしいことはうれしいの!」
「その変に遠慮するのがだめなんでしょ。二人ともぼくにははっきり言えるくせになんなの」
貝塚くんが呆れたような表情をして美空と涼葉を見つめる。
「じゃああとは二人でどうぞ」
「え⁉ あ、待って! えっと、あ! 貝塚くん喉乾いてない⁉ どれがいい⁉」
「じゃあカフェオレ。ホットで」
自販機にあったカフェオレを買って貝塚くんに差し出す。
「ありがとう!」
「どういたしまして」
貝塚くんは笑顔で受け取った。手に残ったカフェオレの熱はそのまま身体の中へと沁みていく。
「部長さ、今度は春香にきつく当たるようになって。そしたらね、望月先輩が止めてくれたの」
「え? 本当?」
「うん。美空が休部したのが結構きいたみたい」
美空は三か月間部活を休むことになった。三年生が引退してからまた復活するつもりだ。他の部員には家の都合と言ったが、望月先輩は察したらしい。
「反省してるって。美空に押し付けてたって」
「そっか」
「でも! 美空は別に許さなくてもいいと思う!」
「いやそれは山下さんが決めることじゃないでしょ。極端だな」
「だから貝塚に言ってない!」
貝塚くんは素知らぬ顔で読書を続けている。相変わらずマイペースだ。
「あーあ。わたしも休部しよっかな」
「わたしのいない間、しっかり守ってくれるんじゃなかったの?」
「そうなんだけどさ、やっぱりさみしいよ」
確かに涼葉は正面突破なところが多い。だけど友達相手には案外臆病なのだ。だから前はこんなにもはっきりとさみしいとは言わなかったと思う。
聞けて良かった。美空は次に進む決意ができた。
「そろそろ予鈴鳴るね」
「あ、本当だ! じゃあまた!」
涼葉に手を振ってから、美空は貝塚くんの方に身体を向けた。
「今日の放課後話せる?」
「無理。明日ならいい」
「やった!」
「あ、それと」
貝塚くんが本を閉じる。
「今度はカフェオレいらないから」
「え? それは……」
予鈴のチャイムが鳴る。担任の先生が飛び込むように入ってきた。また今日も早めに開始するらしい。
美空は言いかけた言葉を飲み込んで前を向く。
先生が早く来てくれてよかった、と思う。うっかり恥ずかしいものがこぼれでていきそうだったから。