小説

『生者の書』裏木戸夕暮(『死者の書』)

 眩しい。
 瞼を開ける、ただそれだけの動作に時間が掛かった。
「あぁ、お戻りになりましたね」
と誰かが言った。他の誰かが小声で
「7回目」
 と呟いた。
 目は採光の調節に手間取っているが、経験から状況は分かる。
「・・・また生き返ったんですか」
「そうですよ。おめでとうございます」
 医師の愛想笑いも、見えずとも分かっている。
(そろそろ死んでも悔いは無かったんだが・・・)
 80歳。勿論、他人がもっと長寿を望むのを否定はしないが、儂はもう十分生きた。7度の結婚と10人の子ども。枝分かれして繁殖した孫たち。しかしこうして7回目の延命をさせられたということは、生殖可能と診断されたらしい。
 目が慣れてきた。視界に広がるのは真っ白な世界。
 白い壁。白いカーテン。白いシーツが敷かれたベッド。白衣の医師たち。生還する度に見る同じ景色。清潔な空間。医師の1人が容体を説明する。
「そうですか、分かりました。少し眠っても構いませんかな」
「どうぞごゆっくり」
 やれやれ・・・今度は自動車事故か。
 生き延びたと言うか、死に損ねたと言うか。まぁ良かった。何時かは死ぬにしても、準備は万端といきたいものだ。突然に死んでは遺された者が困る。今の妻は自分より50も若い。無邪気で純粋で可憐な、最新にして最愛の妻。彼女の為にも、もう暫く生きなければ。
 年老いた患者は健やかな寝息を立て始めた。

 医師2人は、患者が寝入るのを確認して病室を出た。
 若い方の医師が感心した声で言う。
「あっさりした爺さんですねぇ。事故で片足無くして、体の中の半分を人工臓器に取り替えたってのに。何者なんですか」
「知らないか?有名な書道家だよ。水墨画も描く。映画のタイトルを書いたり、海外のホテルのロビーに作品が置かれたり」
 年長の医師が幾つかの作品名を挙げると若い方も納得した。
「あー、あの人が。顔は初めて見たなぁ。それでですか、これだけ延命回数が多いのは」
「延命病棟の常連さんだ。外貨が稼げる商売で、生殖能力有り、犯罪傾向無し。国家としては長生きして稼いで納税して下さいってことさ」

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