小説

『生者の書』裏木戸夕暮(『死者の書』)

「あっちの病棟とは真逆ですねぇ」
「あぁ、まぁな」
 二人は渡り廊下から反対側の病棟を眺める。安楽死病棟。
「ここで働いてると、自分は将来どっちなんだろうって思わないか?」
「はは、先輩ならこっちに決まってますよ。じゃ、僕はもう上がります」
 若い方の医師は話題から逃げるように歩き去った。残された年長の医師は渡り廊下のガラス越しに安楽死病棟を眺めながら、
「あっちの方が幸せかも知れんよなぁ」
 と、呟いた。

 若い方の医師は仕事を上り、久しぶりに学生時代の友人と飲んでいた。友人も医師だが、自分とは専門が違う。
「仕事どうよ。慣れた?」
「あー、もう大分。最初はやっぱ抵抗あったわ」
「うちの病院にも安楽死病棟はあるんだけど、全然交流が無いんだよな。正直どう?」
 友人は少し考え込んだが、
「うーん・・・延命と違って安楽は計画的だから、休みは取りやすいな。今は死に方も選べて苦痛も感じないし、殆どの人は納得して逝ってると思うよ。遺される家族も心の準備がしやすいんじゃないかなぁ」
「土壇場でゴネる人は?」
「意外と居ない。病棟みんなそうだから、同調圧力ってやつかな。ま、最後の最後に我が儘を言い出す人は居るけど。大きな声じゃ言えないんだけど、どうやら腹上死専門の商売もあるらしい。いや、病院が斡旋するんじゃないよ?本人か身内が、死期が近づいた時にこっそり呼んで、って・・たまーに、やたら綺麗でセクシーなお姉さんが見舞いに来たりするんだよ」
「それ違法だろ」
「うん、ま、場合によっちゃ目を瞑るよ。最後の最後だもんな」
「はー・・・」
「可愛いパターンもあるよ。皺々のお婆ちゃんのとこに、イケメンが見舞いに来るの。初恋の人にそっくりなホストを身内が手配してさ。お婆ちゃんがニコニコしながら手を握ってるのなんて微笑ましいよ。で、俺らがこっそり薬を注射する」
「いい夢見ながら逝くんだろうなぁ。それもいいな」
「な。死亡選択制度が決まった時、医者としちゃどうかと思ったけど、ここまでサービスが広がるってことは需要があったんだろうな」
「何だ、のんびりしてていいじゃないか。こっちは搬送されてきた患者の星が多いと緊張しちゃってさぁ。こないだ来た7回目の人も星5つだったから、こりゃ絶対生かさなきゃって病院も必死よ。評価に関わるから。評価が落ちれば給料にも響く」

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