小説

『ホップステップ』小山ラム子(『王様の耳はロバの耳』)

 涼葉が手を振りながら教室をでていく。
「山下さんには話してあるんだね」
「あれ、やっぱり覚えてるんじゃん」
「そりゃ覚えてるよ。あんな騒がしい人」
 貝塚くんは顔をしかめているが、むしろそれは気兼ねなく付き合える仲を示しているように思えた。
「まあなんとなく話は見えた。部活で必要以上に部長に当たられてるって感じだよね。それこそ山下さんに言ってもらえばいいのに」
 貝塚くんはまたちゃんと本を閉じて身体を美空の方に向けてくれていた。
「涼葉は言おうとしてくれたの。でもわたしは」
 予鈴のチャイムが鳴る。と同時に担任の先生が足早に教室に入ってきた。
「ちょっと早いけど今日は連絡事項が多いんだ。ホームルームはじめるぞ」
 美空は言いかけた言葉を飲み込んで前を向く。無意識に自分も貝塚くんに身体を向けていたらしい。
 先生が早く来てくれてよかった、と思う。うっかり何か知られたくないものがこぼれでていきそうだったから。

「あと三か月もすれば三年生も引退だしさ。涼葉に言ってもらわなくても大丈夫。ため息はつかないように意識するから」
 ホームルームが終わり、用意していた言葉を美空は口にした。貝塚くんは納得しているのかしていないのか微妙な表情だ。
「まあ神田さんがそれでいいなら別にかまわないけど」
「うん。ありがとね。心配してくれて」
「心配なんかしてないよ。ため息つかれるのが迷惑なだけ」
 はっきり言うなあ、と思いながらも不思議と腹は立たなかった。

「わっ!」
「わあ⁉」
 放課後。第二音楽室に向かっていた美空に後ろから飛びついたのは望月先輩だった。合唱部の副部長だ。
「やっほー一緒にいこーぜ」
 雰囲気はやわらかいのに口調はいつもどこかふざけているムードメーカーな望月先輩は、なにかとぴりぴりしがちな部長の良い補佐役である。だけど最近はその役目を果たしてくれていない。
「あの、望月先輩」
「んー?」
「最近部長がわたしにだけきつい気がするんです」
 聞けずにいた言葉は案外するりとでた。
「あー」
 望月先輩はなんでもないような顔で美空の言葉を受け取った。
「あれはさ、多分ボランティアのとき美空が活躍したからだよ。部長として遅れをとって悔しいのかな」
 それは美空も理由の一つとして考えていたことだった。
 ボランティア活動をしたいと言い始めたのは部長だった。美空も力になりたいと思い、似た活動をしていた自分の母親からアドバイスをうけたのだが、それをもとにして企画はあっという間にまとまった。顧問の飯田先生は他の先生にも美空のがんばりを伝え、美空は多くの先生からほめられた。
 部長の当たりがきつくなったのはそれからだ。
「あとさ」

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