小説

『ホップステップ』小山ラム子(『王様の耳はロバの耳』)

 望月先輩は軽い口調のまま続ける。
「あの子進路のことで今親ともめてて色々大変なんだ。まあそういうこともあるからさ」
 相変わらずなんでもないことのように。あっけらかんとした笑顔のままで望月先輩は言う。
「許してやって」

 美空は市立図書館にいた。今日は部活が休みの日で、いつもだったら仲良しな子達とどこかしらでしゃべっているのだが今隣に座っているのは貝塚くんである。
 今日の朝も無意識の内に美空はため息をついていた。刺さるような視線を向ける貝塚くんに思わず言ってしまったのだ。「話を聞いて」と。
貝塚くんはあっさりと「いいよ」と言ってからこの場所を指定してきた。高校から徒歩十分にあるこの図書館はそこそこ人はいるものの、自販機横のこの簡易的な飲食スペースには美空達以外誰もいなかった。ちゃんとした飲食スペースが自習室の横にあるのでここはほとんど使われないようだ。
「本当ここだけ静かだね。知らなかった」
「うん。一人になりたいときにいいよ」
「わたしもつかっていいの?」
「いいも何もぼくだけのものじゃないし」
 かわいくない言い方だけど、いやじゃない。美空は安堵すら覚えていた。
「貝塚くんって素直だよね」
「それ言っちゃう神田さんも結構素直だけどね」
 ごめん、と言いかけてそれを飲み込んだ。貝塚くんは多分そんな返事を望んでない。
「みんなに素直にできたらいいんだけどさ。そうもいかなくて」
「部活の人とか?」
「うん」
 美空は昨日の出来事を話した。望月先輩との会話である。
「だからね、多分部長はストレス発散のためにわたしに文句言ってるんじゃないかなって思う。元々機嫌悪いときは分かりやすい人だったし」
 貝塚くんは何も言わなかった。ただ身体は美空の方を向いていた。
「だとしたらわたしのことが憎いからってわけじゃないんだよね。わがままだなって思うけど逆に言えば甘えてるってことだろうし。だから受け流そうと思った。昨日、ううん、前からそう思ってた」
『許してやって』
 美空の身体の中にさざ波をたてたその言葉は、激しくない分ゆっくりと波紋になって身体全体に広がっていった。
「でも、わたしはそんなに大人じゃなくて。受け流して、許そうって。そんなこと本当は思ってなくて」
 一度出ると止まらなかった。
「涼葉は怒ってくれると思う。多分みんなの前で部長にはっきり言ってくれる。でもね、そうすると」
「それで部が険悪になったら『あと三か月くらい我慢してくれればいいのに』って思う人もいるだろうしね」
 的確に受け取ってくれた貝塚くんに驚きながら美空は頷いた。
「涼葉の気持ちはすごくうれしいの。だけど色々考えると素直には喜べなくて。どう言えばいいかも分からなかった」
 だからといってこのままでいいとも思わない。美空はもどかしかった。

1 2 3 4 5