小説

『俺と彼女の最後の日』中村ゆい(『人魚姫』)

 消える瞬間、俺たちは手を繋いだままだっただろうか。そうだったらいいと思う。いなくなる瞬間、彼女は眠っていただろうか。そうだったら、幸せだと思う。
 上半身を起こすと、手元に彼女のスマホが落ちていた。
 なんとなく手を取り、ロックが解除された状態の画面を見て。
 俺は思考も身体も停止した。
「……これ、嘘だろ」
 嘘だったら、ありがたいと思う。今さら知ってもどうしようもないことだから。

『私が好きなのは、先輩だよ。最後まで一緒にいてくれてありがとう』

 早くわかっていれば、何か変わっただろうか。それでも海から逃げてきた彼女は、死ぬのを怖いと言った彼女は、やっぱり虚しく消えることを選んだだろうか。
 それとも俺は、消えるまでじゃなくて死ぬまで彼女と一緒にいられただろうか。
 俺の手の中で光っていた画面は、残り少ない充電を消費しきってぷつりと息絶えた。

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