小説

『世の中から時計が消えた夜』もりまりこ(『シンデレラ』)

 ふいに冷蔵庫の上の時計をみてみたら、針がとても信じられない角度で、時間を教えていた。そんな時間はとっくに朝の役割だったはずなのにって思う間もなく、止まっていることを知った。

 壊れたんだ。ボタン電池買いに行かなきゃって思って、外にでる。
 今日が日曜日でよかったよって安堵して、足元をみたら、サンダルだった。それも夏本番の時に履くような。コルクのソールの。ま、デートとかじゃないしいいかって思って、近所の時計屋さんを兼ねた林田電気店に駆け込んだ。

 先客がいた。
 それも長蛇の列だった。なにかキャンペーンでもやってるんだろうかって、列の先頭をみたら、店長の林田さんがいた。電池ないの? とか声が聞こえてる。

 しおちゃん。おーい。聞いた?
 何?
 こんな大きな声で、声はりあげていたらあのコロナの時だったらすっごい白い目でみられたんだろうなって思いながら、あの頃の日々がもう遠い昔のように甦って来た。

 列をかきわけながら、林田さんが辿り着く。

「世の中のね、時計の針が消えたんだってさ」
 林田さん、どうかしちゃたんだろうって思った。
コロナコロナって封印したいワードだけれど、あの頃誰も店に、お客さんが来なくなって、店を閉めたり開けたりしていて、ちょっとだけ精神参るねって言っていたから。

「だから、電池どうこうの話じゃないのよ。世の中のね」
 って、林田さんがリフレインしようとしたら、他の客がえ? そうなの? どういうこと? って、スマホをいじりだして。ニュースを確かめようとしていた。これも時間くるってるよ。あぁ。これかって視線を落とした先のスマホの記事をみつけたのか、みんな口々に言いながら、「時計の針?」とか、「クレージーだよ、ころな終わったばっかりだろう?」とかいいながら、店を去っていった。
 わたしはその場に立ち尽くした。
 林田さんとふたりかと思ったらもうひとりいた。
 もうひとりのひとは、男の人だった。
 スーツだったけれど、足元はサンダル履きだった。
 林田さんが、指を差しながらしおちゃんサンダル仲間ができたねって笑う。
 その人もつられて笑うから、わたしも笑った。
「ところで、今日午前零時ってどうなってます?」
 ってその人が、至極まじめな面持ちで林田さんに尋ねた。

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