小説

『俺と彼女の最後の日』中村ゆい(『人魚姫』)

 夏の太陽が、駐輪場をじりじりと焼く中、女子生徒たちの華やかな笑い声が響き渡る。
 佐藤はとにかくモテる。いつでも女子が寄って来るし、その全員に対して優しい。
 顔が良いヤツはそれだけで得だよなあ、なんて思いながら彼の隣で自転車にまたがったまま食べ終わったアイスの棒を口にくわえていたら、雑談を切り上げて下校することにしたらしい佐藤は「じゃあな」と俺に片手を上げた。
 同じように手を挙げて返事をすると、彼はそのまま女の子たちと自転車集団を形成して帰っていった。
 静寂が訪れた駐輪場でふと視線を感じた。後ろを振り返れば、取り残されたようにぽつんとたたずむセーラー服がひとり、立っていた。
 目が合うと、いつものように困った顔で微笑まれる。
「佐藤のグループについてかなくて良かったのか?」
 彼女は紺にも緑にも見える不思議な色の瞳を細めて、諦めたように首を横に振った。
「でも今日、最後じゃん」
 それでもやっぱり彼女は首を振る。
 何度か俺が橋渡し役になって佐藤に取り次いでやったこともあるが、佐藤が興味を示さないこともあって、いつしか彼女は彼に近づくことも遠慮するようになってしまった。
 代わりに俺の自転車の荷台にそっと小さな手が置かれる。先輩乗せて? と甘えるように。

 海辺の街は、いつでも潮の香りがする。その中を彼女を後ろに乗せて自転車を漕ぐのはけっこう好きだ。俺はわりとこの街を気に入っている。たぶん高校を卒業してもずっとここで暮らすと思う。どこへも行きたくない。
 海から来た彼女はそんな俺をどう思うだろうか。
 人魚の存在が正式に確認されてから長い年月が経つけれど、それでもわざわざ薬を飲んでまで人の足を得て人間界に移り住む人魚はごく少数だ。
 副作用が重すぎる。声帯が痛んで声が出なくなる。特定の条件をクリアしなければ、薬の服用から数か月後には泡になる。
 その特定の条件というのが「望む相手と両想いになって結ばれること」らしい。だから人間との婚約した人魚が結婚のために声を失うことを承知で服用する例がたまにある、といった程度で、人間界にいる人魚はやっぱり希少だ。
 彼女はその中でも、婚約したわけでも恋人がいるわけでもないのに人間になった珍しい人魚だ。
 初めて彼女と話したとき、彼女はいじめられていた。通学路のすぐ横の海辺で。俺は今日の体育だりいなあ、とかどうでもいいことを考えながら学校に向かって自転車を走らせていた。そしたら、海のほうから嫌な感じの笑い声が聞こえてきた。
「犯罪者の子孫」

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