小説

『望み』小山ラム子(『シンデレラ』)

 だからこれは譲りたくなかった。まとわりつく嫌な空気も今は気にならない。わたしから出る熱が溶かしているようだった。
「じゃあ最後の仕上げはわたしがやるよ!」
「わたしがやりたい。小早川さんと金井くんと一緒にいたいから」
 コツン、と音がした。二人同時に振り返る。「あ、やっべ」とあわてたように何かを拾う金井くんがそこにいた。
「あの、これ廊下に落ちてた」
 金井くんが手渡してきたのはヘアピンだった。明日渡してくれればいいのにわざわざ追いかけてきてくれたのか。
小早川さんのときとはまたちがった熱が胸に広がっていくのを感じた。
「ごめん、話してるの邪魔して。じゃあっ!」
 金井くんが去ってから瑠花とは気まずい空気になってしまい、話の続きも再開しないままその場で別れた。
「宮島さん」
 心臓がどきんと跳ね上がる。昇降口には金井くんがいた。
「ごめん、なんか盗み聞きみたいになって。話し終わってから渡そうと思って待ってたんだ。俺の名前がでてくるとは思わなくて」
「あ、ううん。大丈夫。あの、ヘアピンありがとう」
「うん。じゃあまた明日」
 金井くんはそう言って、手を振って校門へと向かっていった。
 後姿を見送りながらポケットにいれていたヘアピンを手に取り握りしめる。深呼吸をしてから、その後ろ姿を追いかけた。
「金井くん!」
 金井くんが振り返る。
「本当にありがとう」
 目を真っ直ぐに見る。今日初めてちゃんと向かい合えた気がした。
 驚いたような表情を浮かべていた金井くんがパッと笑顔になった。
「さっき一緒にいたいって言ってくれてうれしかったよ。こっちこそありがとう」
 顔が熱くなるのが分かる。金井くんは「じゃあな!」と言って勢いよく走り去っていった。
 しばらくその場に立ち尽くしてから、手に持っていたヘアピンを見つめる。やっぱりすごくかわいい。小早川さんはこれをわたしのために作ってくれたんだ。もう自分なんかには、なんて言わない。
 この素敵なヘアピンが似合うと思える自分になろう。自信をもって小早川さんや金井くんの隣にいれる自分に。わたしが一緒にいたいと思う人の隣にいれる自分に。
 前髪をとめる。背筋を伸ばす。視界が一気に広がった。

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