小説

『なめるなよ、そこの女』真銅ひろし(『かえるの王さま』)

一気に嫌な気分になった。あいつとはあの日から一言も話していない。
「おめでとうって。」
「・・・それだけか?」
「いや・・・よかったら今度一緒にどこかに行きませんかって。」
「・・・。」
 出たよ。また性懲りもなく、ぬけぬけと。
「で、なんて答えたの?」
「嬉しかったんだけどさ、高坂くんの顔が浮かんでさ、『落ち着いたら』って答えてメールの交換だけした。」
「・・・。」
 自分の顔を思い浮かべてくれたのは嬉しいが、はたしてこれをどうするべきなのか迷った。
 一男は妹尾が好きだ。しかし妹尾が一男を『一人の男』としてではなく『大きい賞を取った男』としてしか見ていないのは明白だ。けれどせっかくの機会を自分の好き嫌いを押し付けていいものだろうか、かなり悩んだ。
「やっぱり反対?」
 寂しそうな顔をしている。答えに詰まる。
「だけどさ、よく考えたんだ。」
「・・・。」
「やっぱり調子いいよね。」
「え・・・。」
 ポツポツと下を向きながら一男はそのまま続けた。
「あんなに素っ気無かったのに、賞をとった途端に向こうから寄ってくるって、やっぱりちょっと卑怯だよね。」
 予想外の言葉が返ってきた。
「うんうんうんうんうんうん。」
 その答えに何回も縦に首を振る。
「妹尾さんの事、好きは好きだけどさ、いつまた手のひら返されるか怖いし、今回は断ろうと思うんだ。」
「その方がいい!絶対いい!」
「分かった。」
 そう言ってポケットからスマホを取り出しメールを打ち出す。じっとその姿を見守る。
「・・・終わった。行こ。」
 笑顔をこちらに向けてくる。
「なんて打ったの?」
「彼女に止められたので、出かける事は出来ません。って打った。」
「・・・。」
「彼女なんていないけどね。仕返し。」
 いたずらっぽく笑う。
「いいね~、一男。胸がスっとした。」
「もったいなかったけどね。」
「そんなことない。これから腐るほどいい女と出会うよ。」
「腐るほどって・・・。」
 二人でクスクスと笑う。
 メールを受け取った妹尾はどんな顔をしているだろう。
 きっと予想外の言葉に苦虫を噛み潰したような顔をしているだろう。
いい気味だ。

 可愛いからってなんでも手に入ると思うなよ、お姫様。

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