小説

『なめるなよ、そこの女』真銅ひろし(『かえるの王さま』)

 当の一男はどことなく元気がない。ソワソワしてなんとなく妹尾の一挙手一投足に反応している。けれどその反応は残念ながら期待するものには繋がらなかった。

 「忘れてるのかな?」
 学校の帰り道、一男が呑気な事を言いだした。
「・・・。」
 こちらは何も答えない。『たぶん何も無かった事にされてるよ』なんて言えるわけがない。
「こっちから声をかけても問題ないかな?」
「え、あ、ああ、いいんじゃないか。」
「話題の恋愛映画やってるからさ、きっと妹尾さんも見たいと思ってるんじゃないか。」
「ああ、まぁそうかもな。」
「よし、じゃあ今度聞いてみよう。」
「・・・。」
 妹尾の話をする一男は嬉しそうな顔をしていた。

 数日後の昼休み。
 妹尾は数人の女子と話している。しかもその女子達はどれもカースト的には上の方にいる。その中に一男が突入していった。
「・・・。」
 席が離れているため何を話しているか全然分からないが、普段話しかけてこないであろう男が話しかけて来たので妹尾たちは目を丸くしているのは分かった。
「・・・。」
 妹尾は両の手のひらをくっつけて「ごめん」のポーズを作っている。それに対して一男は手のひらを左右に振り「いいよいいよ」的な動きをする。そしてぎこちない笑顔のまま自分の席に戻って行った。

 まぁそうなるだろ、と予感はしていたが、なんだか少し腹が立った。

 「彼氏に行くなって言われたんだって。」
 学校の帰り道、苦笑しながら一男が言った。
「え、それとこれとは別じゃないの?」
「でも彼氏との仲も大切にしてもらいたいじゃん。」
「・・・。」
 都合の良い事を言いやがる。それを言われたら何も言えなくなってしまう。
「じゃあ、約束はどうなる?」
「残念だけど諦めるしかないよね。高坂君、映画行く?行くならこれあげるよ。」
 そう言って鞄からチケットを取り出した。
「買ったのかよ。」
「ネット予約でも良かったんだけどさ、チケット直接渡す方が嬉しいかなって思ってさ。」
「じゃあ今日妹尾に話しかけた時持ってたのか?」

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