「会えばわかるよ。3日後だからね。」
しばらく茫然としていたが、やっとの思いで自宅に帰ったがその晩は、一睡もできなかった。
ヨシミンから言われた、俺に会わせたい「すっごく大事な人」との言葉が心に大きく刺さっている。
そうだよ。俺は、何を勘違いしてるんだよ。ヨシミンは、男なんだよ。俺たちは、恋人じゃない。ただの隣人だし、友達なんだ。
あんなに魅力的なヨシミンに彼女がいても当然だ。なんで、そんな事に気が付かなかったんだろう。
ヨシミンとの約束の満月の夜まで、どう過ごしたかわからないほどだった。
運命の日の満月の晩。
夜空に低く大きな満月が明るく輝いている。
勝負服のスーツに淡いピンクのバラの花束とシャンパンとケーキを持ち、ヨシミンの部屋のチャイムを押す。
開いたドアの中にロングヘアを大きくウェーブをした美しい女性が微笑んでいる。これから、何かのパーティに繰り出すようなサーモンピンクのドレスにシフォンのショールを羽織っている。
「こんばんは。お待ちしてました」と軽やかな声でいう。
「いや、その、はじめまして。隣の荒木です。ヨシミンには、いや、よしおさんその、色々とありましてお世話になっています」
「ご挨拶はその辺にして、どうぞ入ってください」
中をそっと覗くと、ヨシミンの姿はない。買い物にでも行ったのだろうか。
部屋に入るといつもにまして、部屋の中はきれいに片づけられていて、カラフルで大きな花束が活けられいる。
ソファーの前のテーブルにも、洒落たオードブルやサンドウィッチが置かれている。
「あの~よしおさんは」
「あ~あの人ね。今日は、帰ってこないんじゃないかしら」
「帰ってこないって。そんな、えっ、だって、会わせたい人がいるから来いって言ったんですよ」
「そうですよ。私も、ずっと、翔太さんにお会いしたかったので、こうしてお会いできて嬉しいです」
「あの。あなたは、ヨシミンの」
女性はいたずらっぽく微笑み「私は、もう一人のヨシミンです」
その言葉の意味がすぐに理解できずに「もう一人のヨシミンって?」
女性は、ショールを取り、ドレスをゆっくりと下して、小さい胸の谷間の黒いホクロをさす。そして、くるりと後ろを振り向くと右肩の下の手のひら大の皮膚がケロイド状になっている。
俺は、完全に頭が混乱してしまった。
「よしおがあなたに言いましたよね。何があっても自分だってわかって欲しいって」
「だって、あなたは女性ですよね」
「はい。私の今の体は女性です。でも、私は、あなたの知っているヨシミンなんです」
目の前の女性の姿をしたヨシミンが言うには、思春期になる頃から、自分の中に女性の心が芽生えていることに気づくが、それは、幼くして亡くなった双子の妹の心が乗り移ったのだと思っていた。施設から出て一人暮らしをはじめた、ある満月の夜に、自分の体が女性になったのだと。それから、満月の夜の一晩だけ、本当の女性になるという。
持ってきたローズピンクの花束をヨシミンに差し出すと
「私が一番好きなピンクのバラ。ありがとう。ねぇ、知ってる。この花言葉」
「花言葉?」