小説

『だーださまの憂鬱』網野あずみ(『ダイダラボッチ伝説』)

「まあ何とお下品な。先生が旅に出たくなるのもわかりますわ。ねえ、先生!」
 ついに決着か? ざわついていた会場がしんと静まり返る。
 会場の全員から選択を迫られた祖父は、しばらく困ったような顔をしていたが、意を決したように壇上を離れ、こちらに向かって段を登ってきた。
 皆の熱い視線が祖父を追う。形は違ったが、祖父一世一代の晴れの舞台になった。
 祖父は祖母の横に並ぶと、教壇を見下ろした。
「ほら、見てごらん。お前のほうが高みにいるだろう」
 祖母が不審そうに祖父を見る。で?
「つまり、ひとは立ち位置によって、高くも低くもなる、ということだ」
 は? 何? どういうこと? 祖父の何とも曖昧模糊とした言葉は、白黒を求めた皆の期待を見事に裏切り、失望とともに怒りをかった。
 浅間山はもちろん噴火。富士山は氷のように冷ややかに祖父を見詰めた。
 そういえば、だーださまも運ぶ土が少なすぎて浅間山に叩かれ、土をこぼしてしまったのだった。
 ああ、悲しき男ども。
 小さな土で女をなだめようとするの愚、ですよ。

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