小説

『だーださまの憂鬱』網野あずみ(『ダイダラボッチ伝説』)

 キャリアの長さで争うつもりか。40年は長いぞ。
「長ければいいというものでは」高峰フジ子が冷ややかに笑っている。
「まあまあ、二人とも」あ、じいちゃんいたのか。
「あなたは、黙ってらっしゃい!」
「先生は、口を挟まないで!」
 こわっ、という声が上がり、皆が首をすくめた。
「先生を煩わせないように、全ての準備と事後の整理は、ぜーんぶ、わたくしがしていますの。調査旅行先で困らないよう、身の回りのものから、おパンツまで揃えて差し上げますのよ。フフフ……。先生のことを想う気持ちはずいぶんと高こうございます」
 長さに対して高さを持ち出した。尺度が違うので勝負にならない。
 それにしても、おパンツとは、衝撃!
 ばあちゃん、怒りで顔が真っ赤だ。噴火寸前!
 噴火!? ……いや、ちょっと待て。この争いって何かに似ているぞ。フジ子とアサ江のバトル……。ふじ? あさ?
 あっ、あれだ!
 コトハはプログラムを裏返し、ペンを走らせ、二つの山を描いた。
 気位が高く高飛車な富士山と短気で怒りっぽい浅間山の争いだ!
 大昔、浅間山のところにいただーださまが富士山を作った。そうしたら、自分より高い富士山に嫉妬した浅間山が富士山を削って自分を高くしろと女の我が儘を言ったというやつだ。
「けっ! あんたの買った趣味の悪いおパンツとやらは、便器を拭いてから、ぜーんぶポイよ」うあわっ、じいちゃんのパンツで便座を……。「旅行の支度ぐらいで世話してるつもりになってるけど、こっちはね、この人が入院したときに下の世話までしているんだよ。きれいごとじゃ、生活はできませんよ」
「まあ、夢のないお話ですこと。わたくしは、先生の研究意欲が削がれないように、なるべく生活臭が漂わないよう気を配っておりますの」
 小憎らしいほど冷静な富士山。浅間山、噴火するしかないのか。
「ああ、腹立たしい! こんな乳がデカいだけの女に目がくらむとは」ほぼ全員の視線が高峰フジ子の胸元に。
「あら、ないよりはマシでございましょう」確信犯的に胸を突き出している。その瞬間、コトハを含めた何人かの女性を敵に回した。隣の母もそのひとりだった。
「嫌な女だわ」
 それにしても、この争いの結末はどうなるのか?
 確かお話では、浅間山を高くするために、だーださまが富士山から土を運ぶのだ。
 コトハは、再びペンを走らせた。
 しかし現実は……。
「ああ、ばからしい。ねえ、あなた、ここではっきりしてくださいな。この乳を突き出すしか能のない尻軽女と、長年連れ添った私と、どちらが上なのか」

1 2 3 4 5