小説

『鬼男』高野由宇(『鬼娘(津軽民話)』)

 少年が振り返ると、青年は手に持ったペットボトルを振ってみせた。
「片付け後でいいから、先にちょっと休憩しようぜ」
 外は夕焼けに包まれていた。赤く染まる俯いた横顔と、ひぐらしの鳴く空を見上げる横顔は、二つの影を伸ばしてアスファルトに座った。
「大丈夫か? 疲れてないか?」
「大丈夫です全然」
「まぁあと一週間で終わりだからさ、踏ん張ろうぜ」
 夜の近づく、夕方の生温い風が、躊躇いを焦りに変えていく。
 少年は青年を見た。
「勝也さん」
 逞しい首筋に挫けそうになりながらも、少年は一歩を踏み出した。
「今度、どっか行きませんか、休みの日とか」
 暑さに疲れたヒマワリが、ピタリと緊張した。
「……どっかって、どこだよ」
「トーキョーとか」
 青年は意地悪く逃げた。
「トーキョー? トーキョーなんて行っても楽しくないだろ」
 青年は顔を逸らした。
「じゃあ――」
 挫けない少年の言葉を、青年は遮った。
「俺は」
 そして少年を拒絶した。 
「地元の奴とは、必要以上に近付かないから」
「……」
「狭い町なんだし、俺のこと構ったりすんのはお前の自由だけど、なんていうか、早いとこ、別の何か、夢中になれるもん見つけろよ」
 少年は腹が立ってきた。ずっと顔を逸らしたまま、どこか分からない真夏の夕暮れに目を泳がせている青年は、拒絶するのなら少年をざっくり傷つけるべきだったし、慄いているのなら怖いんだと震えるべきだった。
 少年は青年を許さなかった。
「――別の何かって何ですか」
「いや色々あんだろ、部活とか趣味とか」
「興味ないです」
 だから青年は、もっと卑怯になるしかなかった。
「――お前はたぶん、ただ単に、俺しか知らないだけだよ。もっと広い世界に行って、色んな奴知った方がいいよ」 
 胸倉掴み上げる代わりに、少年は青年を睨んだ。
「――トーキョーの奴となら、近付くの?」
「は?」
「地元の人間じゃなくて、僕じゃなくて、トーキョーの人とならどっか行ったり一緒に歩いたりするんですか?」
「――どういう意味だよ」
「――たまに、勝也さん居ない時あったから、そしたらお爺さんが休みだって教えてくれて、トーキョー行ったって教えてくれて」
 その時漸く、青年は少年を見た。
 そして一突きで、少年を傷つけた。
「俺がどこで誰と何しようが、お前には関係ない」

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