小説

『鬼男』高野由宇(『鬼娘(津軽民話)』)

 すると、はしゃぎ合う子供たちの声に気付いた青年が気怠い足取りで工場から出て来た。何んだお前ら。
 うわっ、と子供たちは慄いたが、背を突かれた子供が一歩前へ出た。
『俺のいとこが、お兄さんと同じ中学だったんだって』
 その言葉で、青年の顔は忌々しそうに歪んだ。
『帰れクソガキ』
 確信を得た子供たちは嬉しそうに追及した。お兄さんゲイなの? 女は嫌いなんでしょ?
 きゃっきゃと口々に質問を投げかける子供たちを、青年は冷たい目で見下ろしていたが、ふと、にやりと唇を歪めると、
『なんだお前ら※※て欲しいのか』
 やっぱゲイだー、と子供たちは盛り上がった。
『だから何だよクソガキ、さっさと帰らねえと※※って檻ん中に※※※※してお前のちっさい※※※※に※※※※して俺の※※※※お前の※※に※っ※むぞ』
 わーっ、と子供たちは最高潮に盛り上がり、
『鬼だーっ』と叫びながら走り去って行った。
 青年はクソガキたちを鼻で笑って見送った。
 戻ろうと振り返りかけた青年と、少し離れた所に立っていた少年は、その時初めて互いの存在を知った。
 子供たちは、青年の居る工場へ寄るのが日課になった。
「なんだマスクなんかして」「風邪ひいたのか?」「ゲイも風邪ひくのか?」
 青年は、そんな子供たちを追い払うのが日課になった。
「お前らほんと暇だなぁ」
 うんざりした口調ではあったが、青年は子供たちとのやり取りを楽しんでいる様子だった。
「いい加減にしねえとマジで食うぞ」
 子供たちは決まって、わーっと楽しそうに逃げ出し、振り返りながら口々に、鬼ーっ、鬼ーっ、と手を振った。
 少年も、工場へ来るのが日課になった。
「――またお前かよ」
 少年は工場で職人たちの手伝いをする青年の働く姿を、飽きもせず眺めた。
「迷惑ですか?」
「いや別に、迷惑ってことじゃないけどさ……」
 青年は呆れたような困ったような表情で少年を迎えた。
「他にやることいっぱいあんだろ」
 少年は戸惑うほど真直ぐに青年に対していた。
「ここに来る以外にやることもやりたいこともありません」

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