小説

『ひびわれたゆび』高野由宇(『炭坑節(福岡県民謡)』)

 そうやって怒られてもどうしても優しくしちゃう俺に、自分にも他人にも厳しいミイはしょっちゅう苛立っていた。 
 優しくしても居なくなっちゃうんだから好き勝手にやりたい放題扱ってやってもいいのに、どうしてだかどうしても優しくしてしまう。だからまた怒られる。
「ミイさー」
「何?」
「一瞬でいいから、優しくして」
 は? と返されるつもりで居たのに、ミイは少し緊張した。
「何? どうしたの? 何かあったの?」
「いや、何もないけど」
「酔ってんの?」
「ビール一本で酔わないよ」
「元気ないの?」
「元気だよ」
 意味わかんない、とミイは困ったように笑った。
 ミイが笑ってくれて、嬉しくなる。
 もっと笑って欲しくて、お道化てみる。
「じゃあ、付き合ってるつもりで『お疲れ様』て言ってみて」
「絶対嫌」
「断固拒否だなー」
 笑うミイの声を聞きながら家の前に自転車を止めて、お願いお願い、としつこくしながら鍵を開ける。
「じゃあじゃあ、一緒に住んでるつもりで『おかえり』って言って」
「バカじゃないの」
 お願いお願い、としつこくしながら靴を脱ぐ。
 背中で玄関の扉が閉まる。
 シンと冷え切った部屋の、冷たい床に月の光が模様を刷いていた。
「今日、月綺麗だよ」
「――へえ」
 リュックを下ろして窓を開けると、神社の竹やぶの上にまん丸な月が冴えていた。
「月、見える? そっから」
 床に胡坐をかいて、ビールを飲む。
「見えない。カーテン閉めてるもん」
「開けて見な? 本当綺麗だよ」
「嫌だよ、カーテン開けると寒いし」
 あそこに旅行に行く人も居るらしい。どこの世界の話だよ。
 ごろんと横になって月を見上げる。
「あー寝っ転がっちゃったー、これもうシャワー浴びないで寝ちゃうわ」
 床が氷みたいに冷たい。
「ベッドで寝な? 風邪ひくよ」
「んー」
 まん丸な月が、静かに輝いている。
 腕を上げて、手をかざす。
「月、綺麗だよ、本当」
 指をのばす。
「掴めそうだよ」

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