小説

『トゲトトゲ』平大典(『一寸法師』『いばら姫』)

 前に並んでいたのは、紺色のブレザーを着た二人組の女の子たち。
 タケルが通う学校の子だ。
 それだけじゃない。
 片方の猫目の娘は、タケルのライブで何回か見かけている。茶髪でショートカット。
 別のバンドでボーカルやっていたはず。
「何にしよっかな」
 咲は、青色の財布を取り出していた。
 わたしは前にいる二人の会話を盗み聞きしていた。
「タケル、どうなん?」
「別にフツーだし」猫目がめんどくさそうのつぶやく。
「もっとちゃんと教えてって」
「……ヤバイよあいつ」
 猫目が少しほおを歪める。
「なんで」
「前とか、ナマだったし」
 そこで嗤っていた。
 わたしは急に心臓を掴まれたように感じる。
 顔が火照る。
 初めての感情が、稲妻みたいに身体中を駆け巡った。
「ごめん、咲」
「え」
「先に帰るわ」
 わたしはUターンしてマックから飛び出していた。

 
 ***

 
 わたしは結局一番何に傷ついたのか。
 タケルが浮気していたこと。
 猫目の微笑み。
 いや、あの言葉だ。
「ナマだったし」
 あんな言葉ひとつが、わたしの心へ深く入り込んだ。
 ナマでやったという事実が、猫目とわたしとの差だと思えた。
 常識では分かっている。
 相手に気を遣うほうが、相手を傷つけないほうが、愛が深いのだと。
 雑誌だって、性教育の授業だって、啓発サイトだって、テレビドラマでだって言っている。
 大事にされているのだと。
 常識ではわたしのほうが愛されているはずなのに、その話だけでもうダメだった。
 わたしとはナマでやりたくない。
 事実が心を掻きむしっている。
 唇を噛むと、涙が溢れてきた。
 自分が惨めだった。
 咲は知っていたのかも。
 わたしが傷つくことも予見していた。
 咲に謝らないと。
 だが、その前に。

 
 ***

 
 タケルはわたしを抱くと、少し眠り始めた。枕の上で髪の毛が広がっている。
 わたしは音を立てずに立ち上がる。

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