小説

『例えば1枚の絵のように』菊武加庫(『雁』)

 一旦彼を引き取った母親は、育児が続かず彼を手離したのだった。その後、引き取った父親も再婚して出て行き、祖母が彼を育てた。
 しかし中3の夏休み前、その家をハスミくんは出されることになった。
 祖母の体調が悪いからというのが表向きの理由だが、本当の理由は孫を愛せないからだった。彼女はその原因はハスミくんのねじけた性質にあると、学校や、自治体に訴えて自己弁護をした。たとえ肉親でもうまくいかないときはいかないものだが、誰の話でもハスミくんは、静かで真面目だという点で一致していた。甘えることは苦手だったと推測できるが。
 終業式を待たずしてハスミくんの行き先が急遽決まった。

 その日に限って給食はミネストローネだった。
 どうして給食のミネストローネはあんなにおいしくなかったのだろう。きっと冷凍野菜がいけないのだ。あの形のそろった人参やグリンピースはどうしても好きになれず、給食ではずいぶん苦労した。その日も水っぽい冷凍野菜と妙に主張するセロリが口の中でケンカし、やっぱり残した。
「給食残したからお腹すいたよね」
 日直日誌を書きながら怜奈が話す。
「あとでパンでも食べようか」
 怜奈が「家においでよ」と言った。
 日誌を職員室に届けて帰ろうとすると、裏庭の焼却炉から微かな音がして、窓の片隅を誰かが走り去った。よく見知った後ろ姿だ。
「今の、由果ちゃんだよね」
 怜奈がじっと見ながら独り言のように言う。
 気になって焼却炉に近づき蓋を開けると、誰かのカバンが放り込まれている。
「ひどい」
「誰の?」
 怜奈が灰の付着したカバンを拾い上げた。
 一旦教室に戻ると、麻衣という同じクラスの子がおろおろ探し物をしているところだった。
「これ、焼却炉にあった」
 怜奈がカバンを渡すと、麻衣の顔が一瞬紅潮して強張った。
「ひどい。誰がこんなこと」
「……」
 言えるはずがない。麻衣と由果は誰が見ても一番の友達なのだ。
 二人の表情を見て、麻衣はふーっと息を吐いた。
「わかってる。由果だよね」
「ちゃんと見えなかったんだ、ほんとに。こんなことは初めてなの?」

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