十四春は見てはいけない誰かの日記を紐解いているみたいで、心がざわついた。その日はまだ鉄幹さんはそこにいたので、黙って端が黒く焼け落ちた作文用紙を手渡した。鉄幹さんは目で追うと、溜め息を吐いて静かに頷いてまた土の中に埋めた。埋める作業をしながら、心の修理は車の修理と同じだよ。まずすみずみまで点検する。そして組み立てなおすといいんだって言って、首を傾げた。十四春君も好きでしょこの台詞って言った。それは十四春のすきなクリス・クーパーが変な映画の中で喋っていた義理の父親の言葉そのものだった。校門を出て帰ってゆく背中に鉄幹さんは、ややこしくしているのは大抵じぶんだからさ。分解してしまえばいいんだよ、心もねって笑った。十四春は、まるであの銅像が笑っているかのようで、そのことと、さやかさんのことがうまくバランスを描けなくなっているみたいになっていた。あの作文を見た次の日に十四春は、指原君が転校生の日和君がからかわれてイジメられているのを見て、やめろよって歯向かった。十四春の口が、やめろよって言っていた。夕陽が射していた胸の辺りの影を掘って見つけたあの作文が、十四春に何か作用しているみたいだった。十四春もじぶんじゃないみたいで戸惑った。
そしたら、指原君が殴ってきて、十四春は口の端を切った。血がいつまでもとまらなくて、授業中、血の味ばかりを味わうことになってしまった。そして日和君が科学の教科書で顔を隠しながら、斜め四十七度ぐらいの角度で後ろを向いて十四春に、サンキューの唇の形を作った。
ちゃんとTとHの時の唇の間から舌が出ている本格的なサンキューだったのには、びびったけど。それからなんとなく日和君と仲良くなって、でもなりすぎないように注意した。
あの時の恨みみたいな感情が指原君に、宿っていたのがわかったから。日和君が休み時間に聞いてきた。「あのバック、うらて? スタチューの、願いって叶う?」帰国子女だったから面白かった語順が。十四春は、うんうんって頷いた。誰に聞いた? って言ったら杜子先生の名前をあげた。そう日和君も一時期保健室登校していたせいだ。ふたりで裏手に行った。その日、十四春はあの焼却炉の鍵を開けた。ふたりで座るには少し狭いけれど、日和君はナイスっていったあとクゥーって言って顔も眼も口も全部で笑っていた。さっきのクゥーがクールだと数秒遅れて十四春は理解した。その日、鉄幹さんはそこにやってこなかった。日和君は、銅像の前で跪いてなにかを願っていた。膝の跡が土にありありと残りそうなぐらい本格的に何かを祈ってるみたいにもみえた。明日、来るいい? 日和君は、てらいなくそう問いかけた。日和君にこんな屈託の無さがある限り彼は大丈夫かもしれないと杜子先生みたいに思った。
次の日、ふたりがそこにやってきたらあろうことか、大きなクレーン車がやってきて、あの情けない銅像と焼却炉が撤去されているところだった。ただ、十四春はこの場所があの指原君とそのサブの人達によって奪われたのではないことに安堵していた。日和君は、所在なげな表情で十四春の眼を見た。その瞬間十四春は、じぶんが欲しかったのはこんな眼をした味方だったことを思いだして、しばらくは日和君と友達でいようと誓った。
そして土に映された陽が身体の何処かに射していないかを、探していた。