小説

『子化身』霜月透子(『ピノッキオの冒険』)

 その様子は日に日に顕著になっていき、さすがになにかあるんじゃないか、母に相談した方がいいだろうか、などと思い始めた矢先のことだった。
 ミツルが、いなくなったのだ。
 正確には、ミツルの中身がいなくなった。
 母は町内会の集まりがあるとかで、私たちを家に残して出かけていった。「このところミツルもお兄ちゃんになってきたから大丈夫でしょ」と言い残して。もうミツルが突然どこかへ行くこともないと高をくくっていたのだろう。
 ミツルの態度の変化は、私から見れば成長だとは思えなかったけれど、母が言うのだからそうなのだろうと納得して頷いた。
 実際ミツルはおとなしくクレヨンでぐちゃぐちゃとお絵かきしていたから、私は同じ部屋で本を読んでいた。
 それほど時間は経っていなかったと思う。せいぜい十分か二十分といったところだろう。
 ふと顔を上げると、ミツルがいなかった。
「ミツル?」
 トイレをノックしてドアを開ける。いない。
 子供部屋、いない。
 押し入れ、いない。
 浴槽や洗濯機の中まで覗いてみたがどこにもいない。
「ミツル? ふざけてないで出てきなさいよ。お姉ちゃん、怒るよ」
 念のため玄関にも行ってみたが、ミツルの靴はいつもどおりそこにあった。ドアの鍵も締まっている。状況からすればミツルはまだ家の中にいるはずだった。なのに見つからない。いつしか怒りは不安へと変わっていた。
「ミツル! どこにいるの? 怒らないから出てきて!」
 けして広い家ではない。大声を上げれば聞こえるはずだった。ミツルは自由気ままで困ったやつだが、いじわるでもなければひねくれてもいない。私が本気で探しているのがわかっていて隠れ続けるとは思えなかった。
「ミツル! お願い! 返事して!」
 不安が恐怖へと染まっていく。胸の奥がしんと冷えた。
 ――ピンポーン。
 突然のドアチャイムに文字通り飛び上がった。喉元がドクンッと大きく脈打ち、ヒュッと自分が息を飲む音が聞こえた。その場から動くことはおろか、声も出せずにいると、今度はドアがノックされた。
「こんにちはー」
 挨拶に続き、名乗ったようだが聞き取れない。
「ミツルくんを送ってきたんだけど」
 ミツルの名が呪縛をとく呪文であったかのように、突如私の体は動きだし、ドアを開けることができた。
 そこには、おばちゃんがいた。ミツルの手をひいている。
「おばちゃん……ミツル……。どうして……?」
 戸惑い立ち尽くす私に向かって、ミツルが頭を下げた。
「お姉ちゃん、勝手にいなくなってごめんなさい。ぼく、手洗いうがいをしてくるね」
 そう言って洗面所へ向かった。

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