小説

『子化身』霜月透子(『ピノッキオの冒険』)

 おばちゃんの家は二間しかない。そのうち一間は作業部屋にしているから、生活空間は奥の一間だけだ。ミツルは作業部屋の隅にいた。たくさんのこけしに囲まれている。
 おばちゃんはこけしに絵付けをする内職をしているため、作業部屋の中はこけしだらけだ。子供の手に収まるくらい小さなものから、私の胸くらいまである大きなものまで、大小様々なこけしが溢れているのにけして乱雑ではなく、ぴっちりと整列している。
 民芸品のこけしではなく、お人形遊びに使うようなおもちゃ用のこけしなので、おかっぱ頭にヘアピンがついていたり、洋服を着ていたりする。目鼻口は簡略化して描かれているにもかかわらず、いまにも表情を変えそうな生々しさがあった。
「ミツル、買い物に行くよ」
 声をかけると、ミツルはたったいま私に気づいたかのようにハッと顔を上げ、突進してきて私の腰にしがみついた。
「お姉ちゃん!」
 勢いよく立ち上がったものだから、きれいに並べられていたこけしがバラバラと倒れた。
「こら、ミツル! おばちゃんの仕事のもんなんだからぶつかっちゃだめでしょ!」
 ミツルは私のおなかに顔をうずめたまま、一層強く抱きついてきた。
「ミツル! ちゃんと謝って、並べ直しといで!
「いいのよ、ハルコちゃん。それよりジュース飲む? オレンジとりんご、どっちがいい? ミツルくんも飲むでしょ?」
 ミツルは、いつもなら喜んで飛びつくはずの誘いにも反応しない。珍しいなとは思ったけれど、長居はできないから好都合だ。
「ありがとう、おばちゃん。でも私たち、これから買い物にいかなきゃならないの。早くしないとお母さんが心配しちゃう」
「ああ、おつかいなの」
「うん。なのにミツルがいなくなっちゃったから探しにきただけなんだ」
「あらあ、またなの? ミツルくんには困ったものね。それにひきかえ、ハルコちゃんはいつもえらいねぇ」
 よそのおばちゃんにミツルのことをそんなふうに言われるのは胸の奥がざらつく感じがした。けれども、ミツルが困ったやつなのは本当のことだったし、自分がほめられたことが嬉しくて、私はことさら礼儀正しく暇を告げた。
「おじゃましました!」
 おばちゃんは玄関先まで出てきて、笑顔で頷きながらいつまでも手を振ってくれた。その間もミツルはずっと私の上着の裾にしがみついたまま、挨拶もせずむっつりと押し黙っており、そんな反抗的な態度がまた私を苛つかせた。

 その日以降、少しだけミツルが変わった。家では相変わらず傍若無人だったが、一歩外へ出るとおとなしく、勝手にどこかへ行くこともなくなった。それどころか周囲を警戒して怯えているようにさえ見えた。

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