小説

『子化身』霜月透子(『ピノッキオの冒険』)

 泣きやまぬ我が子をあやしながら歩いていると、手をつないだ小さな姉弟とすれ違った。弟はつながれた手の存在など忘れたかのように、落ち葉や虫を見つけては引き寄せられていく。姉は不機嫌な顔をしている。自由気ままな弟にうんざりしているのがひと目でわかった。私もそうだった。自分の子供時代を思い出し、懐かしさに頬が緩んだ。

 
「ミツルー! ミツルー!」
 あの頃私は、いつも弟の名を呼びながら走っていた気がする。
 あの日も黄昏時の商店街を走っていた。母から頼まれた買い物に向かう途中だったから、手に五百円札を握っていた。
「ミツルー! 返事して!」
 すぐミツルはいなくなる。いつだってじっとしていられないのだ。小学生になればちゃんとするはず、と思っていたのに、変わったのは足が速くなることだけだった。おかげで余計に手に負えなくなった。ミツルはまだ一年生のくせに、四年生の私でさえ簡単には追いつけないほど速かったのだ。前触れなく走り出されたら見失うこと必至だ。だからこそ危なっかしくて目を離せない。まったく面倒だ。母だって家事の邪魔になるから私に押しつけたに決まっている。
「ミツルー! いないなら置いてくよ! お菓子、ミツルの分は買わないからね!」
 頼まれた買い物はパンと牛乳だったが、おつりで好きなものを買っていいと言われていた。苛立っていた私は、ミツルがもどってきたとしてもお菓子なんか買ってやるものかと思った。
 商店街は買い物客で賑わっていた。けれども道はまっすぐのびていて見通しがいい。ちょこまかと走り回る生き物がいれば簡単に目に付くはずだった。見あたらないということは、またあそこに行ったのだろうと見当をつけ、私は路地へと入った。
 板塀に囲まれた路地は砂利道で走りにくい。目当ての古い平屋の前で「こんにちはー」と声を張り上げると、すぐにガラスの引き戸が開かれた。おばちゃんはすべてお見通しとばかりに笑顔で頷いた。
「いらっしゃい、ハルコちゃん。ミツルくんなら来ているわよ」
「やっぱり!」
 一人暮らしのおばちゃんは優しくて、行けばジュースを出してくれたりするから近所の子供たちに人気があった。ミツルも普段からよく訪れていた。
「どうぞ、上がって」
 急いで買い物に行かなければならないが、ミツルをおいていくわけにもいかない。
「おじゃまします」
 上がり框で脱いだ靴をそろえていると、「えらいわねぇ。ハルコちゃんは立派な大人になるでしょうねぇ」と言われた。私がえらいんじゃない、ミツルの出来が悪いだけだ、と思ったけれど口にしづらくて、曖昧に笑みを浮かべた。

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