小説

『神待ち少女は演劇の夢を見るか』甚平(『笠地蔵』)

「笑うだろうけど、俺、俳優になりたくて田舎から飛び出したんだよ」
「へー……」
「バイトしながら小劇場に出て、で、結局食えなくて、こうなった」
「それ、若いけどダメだった話じゃない?」
「お前さ、あと五十年は生きられるんだぜ、なんでもできるだろ」
「あー、そっか、年取ったから出来ないんだね」
「は? ……お前、そういうつなぎ方は止めろ。良い話だったろ」
 時計の音が、かちかちと鳴る。呼吸音が聞こえるほど静かだった。
「笠地蔵って話しを読んだことがあるんだよ」
「寝ろ」
「あ、知らないか」
「知ってる」
「あれさ、不思議だったんだよね。お地蔵さんは歩けたわけじゃん。ずるくない? じゃあ最初っから雪当たんないところに移動しとけよって」
「いや、そういう話じゃないだろ」
「なんてゆーかぁ、笠をあげたおじいさんの気持ち、考えてみなよって」
「……よくわからないけど」
「だからぁ、おじいさんが笠をあげたのはさ……無駄だったってことじゃん。わたしはあれ、嫌なんだよね。お金とかモノよりさ、わたしはあいつらを助けたんだぞって、その気持ちを大事にしたいわけ。おわかり?」
「……まあ」
「そうそう、やっぱりさ、お金より心、モノより思い出なわけ」
「ああ……安心しろ、お前から部屋代がもらえるなんて思ってないから」
「わたしの話はしてないじゃん、わたしの話はー」
「してるだろうよ。いいから寝ろ」


 翌朝、起きると熱は上がっていた。
「休めばいーじゃん。会社に電話しよっか?」
「もうした。でも下請けだから、期限を破るとまずいんだよ。契約切られたら終わりだ」
 味噌汁だけ飲んで、貞夫はスーツに着替える。
「おじさんさ、演劇が好きで、仕事は好きじゃないんでしょ?」
「なんだよ、ごほっ、急いでるんだ」
「なんでそんなに仕事に命かけてるの? 好きでもないのに」
 少し言葉に詰まって、貞夫は目をそらす。
「……これで食ってんだから、仕方ないだろ」
「ふうん。大変だね、年を取るって」
 この日、切りの良い所で仕事を終えて早めに家に帰ると、もう愛実はいなかった。
 薬を飲んで、貞夫は眠る。少し夢を見た。若いころ、部活で主役をやったときのこと、小劇場に初めて出たときのこと、舞台演出と揉めて喧嘩をしたり、仕事がなくて、会社に誘われた時のこと。それはベッドに残る香りが、そうさせたのかもしれない。

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