小説

『ブラックケープ ・マグダラマリア』泉鈍(『黒衣聖母』芥川龍之介)

「最近おかしな事が起こるんだ」と席に着くなり山川は言った。山川の机の上には白のハンカチが敷かれている。そしてケツの下には全く同じハンカチが敷かれていることをおれは知っている。教室の最前列のお仲間だから。山川のことはこれまで嫌でも目に入っていた。
 山川はいつだって一人だった。それこそ、だれかと話をしているところなんて見たことがない。
 だから初めのうち、その言葉がおれに向けられているのだとは思いもしなかった。山川が言葉を発してからたっぷり五秒が過ぎて、だれか返事くらいしてやれよ、と山川の方をちらりと見て……ようやく気がついた。

 バッチリと目が合う。

 あ、おれか。
 おれに言ってんのか。
 なんで?
 おれは半分眠りながら授業の準備を進めていたところだった。何度リュックの中を漁っても筆箱が見つからない。
 家に置いてきた? まさか。家で筆箱を取り出す機会なんてない。じゃあどこへ消えた? 眠気で頭の後ろの方がじんとしびれていた。ああ、筆箱はもういい。ええっと、山川? そうだ、山川なんて言ってた? 山川に声をかけられてからもう三十秒は過ぎていた。心なしか隣から哀しそうな気配がする。おれはため息をつくと山川に向きなおり、返事をした。
「ペン貸して」
 山川はこくんと頷くと、おれの返事をまるきり無視して続けた。
 おい、ペンは?
「大学正門前に交差点があるだろ? あそこだ。朝と夕方に一回ずつ。間が悪いのか、必ず赤信号に捕まる。それはそれでいい。ただ運が悪いだけだ。問題はその後にな。出るんだ」
「え、なにが?」
「REE Q SYA」
「なに? なんだって?」降って湧いたような言葉におれは思わず聞き返した。
「だから、レーQ者」
 だめだ。山川の言葉が頭の中でデタラメに変換される。おれは山川の言葉を反芻する。れーきゅーしゃ、れえきゅうしゃ、れいきゅうしゃ……。
「ああ、霊柩車」

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