小説

『ブラックケープ ・マグダラマリア』泉鈍(『黒衣聖母』芥川龍之介)

 山川は深刻そうに頷いている。
 なるほど。それで? 霊柩車が出たから、いったいなんだっていうんだ?
「それで調べてみたんだ。この辺に葬式場なんてない。もちろん火葬場もだ。なのに、必ず見かける。朝と夕方に決まって一回ずつ。必ずだ。同じ学科の人たちにも尋ねてまわってみたんだけど、この辺りで霊柩車なんて見たことがないって……」
「残念だけどおれもないな」
 山川はまたこくんと頷く。ガラリと扉が開いて教授が入ってくる。はい。これで話は終わり。おれは絶望的な気分で再びリュックに手を突っ込む。こっちのポケットかな……?
「なあ、今日時間あるか?」
 だが、山川は話をやめなかった。おい。勘弁してくれよ。もう講義が始まっちゃうよ。
 おれは山川を突き放すことに決めた。
「ない」
「頼むよ。夕方、ぼくと一緒に確かめてくれないか?」
「ええ……」
「一万やるから」
「いいよ!」
「はい、ペン」
「サンキュー!」
 ちなみに筆箱は机の下に落ちていた。

 夕方。おれと山川は例の交差点に突っ立っていた。赤、青、チカチカ、赤、青、チカチカ、赤、青、チカチカ……。信号は何度も切り替わる。だが、どれだけ待っても霊柩車なんて現れなかった。空車表示のタクシーが気持ち減速しながらおれたちの前を通り過ぎていくだけだ。おれと山川は揃ってアホ面でそれを見送る。時折、講義で見たことのある連中が怪訝そうな顔でこちらをちらちらと見ては歩き去っていく。いつも後ろの方でコソコソ話をしている連中だ。教授の怒鳴り声もどこ吹く風。最近じゃ注意すらされない。ああ、変な噂が立ちそうだな……。まあ別にいいさ。話のタネに飢えた大学生にはちょうどいい話題だろう。おおいに話すといい。どうせおれには友達がいない。どんな噂を立てられようが、もうこれ以上悪くなりようがない。
 信号が三十回目の赤に切り替わったとき、おれは言った。
「通らないな」
「ああ……」
 山川は頰に手をあてて考え込んでいる。なんだか気の毒に見える。思わずおれは助け舟を出した。
「もうちょっと待ってみるか?」
「いや、いい。ありがとう。助かったよ。はいこれ、一万円」
「サンキュー」
「なあ、よかったらうちへ来ないか?」
「今から?」

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