小説

『ブラックケープ ・マグダラマリア』泉鈍(『黒衣聖母』芥川龍之介)

 確かに珍しい造形をしていた。なるほど、マリア観音像だったわけだ。大きさは30cmほど。白磁でできている。顔だけ見ると観音菩薩だが、黒檀の刻まれた羽織りと胸元の金の十字架がいかにもキリスト教的な雰囲気を醸し出している。台座に腰掛け足を組み、頬に手を添えて、何かを考え込んでいるようなポーズ……。なんでも願いを聴いてあげましょうって感じ。口元には古風な笑みを浮かべていて、慈愛に満ちているようにも見えるし、いたずらっぽく笑っているようにも見える。
「立ち寄った古道具屋でタダで譲ってもらったんだ」
「へえ……それで、山川はコイツにどんな願いをかけたんだ?」
「それがさ。どうもこいつは縁起の悪い像だったらしくて……。台座に字が彫られてるだろ?」
「うん? ああ、ホントだ」
 英語だ。読めない……デシネ……?
「DESINE FATA DEUM LECTI SPERARE PRECANDO……」
 思わず拍手をしたくなるくらい流暢な発音だ。
「これ、どういう意味?」
「汝の祈祷、神々の定め給うことを動かすべしと望む勿れ」
「なんだそりゃ」
「要は願い事なんかするなって」
「ほー、意地が悪いな」おれはコーヒーをすすりながら、マリア像の顔をもう一度見た。通りでいたずらっぽい笑みに見えたわけだ。
 折角だからおれも何か祈ってみようか……。
「そうとは知らず、ぼくは祈ってしまったんだ」
「なんて?」

「ぼくの精神を治してくださいって」

 意外だった。そんなに気にしていたのか。
 なんなら誇りに思っているのかと。
「まさか」と言って山川は笑った。
「その願い事をするためだけにちょうど良いものを探してたんだ。ほら、神社とかだと、つい、あれもこれもってなっちゃうだろ? だから、一番叶えたいことをお願いするために迎え入れたのさ。そしたら、一番叶えたいこと以外のことが叶い始めた。君と話し、家に招くことができたのもそれさ。実のところ、君のことがずっと気になっていたんだ。君はいつも一人だったからね。勝手にシンパシーを感じていたんだ。あの教室で、最前列で一人黙々とノートを取っているのは、間違いなく、君とぼくだけだった。だけど、ぼくなんかに話しかけられるのは迷惑じゃないかと思って、中々話しかけられなかった」
「迷惑なんかじゃないさ」
「よかった」
 山川はまた微笑んだ。

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