小説

『フェイスケ』もりまりこ(『嘘』『久助君の話』新美南吉)

 花山君は、ちょっとした段差でも躓くぐらいどんくさくて、クラスのみんなから芸人か? って揶揄されていた。ある日花山君は、廊下の隅でひとり何かをしているなって思ったら転ぶ練習をしていた。芸人か? って囃されたのを機に芸人のようなものになろうとしていた。その花山君が誰になるんだろうって思ってたら、久助だった。でも花山君は翌日から欠席続きで、あろうことか、そのまま転校してしまった。
 花山君は前の学校でも苛められていたそうだし、だからこの学校へ転校してきたのだけれど、再び転校してしまった。
 ヘイスケは、いなくなった花山君を演じていた。D組とのフロアの境目の低い段差でも誰も見ていなくても、ちゃんと躓いてみせた。クラスで挙手させられるときは、花山君がしていたように一度上げた手を耳のあたりまで下ろして、挙げているようにもいないようにも見える、曖昧なそのスタイルを踏襲していた。気が付くと久助は、花山君を演じているヘイスケの事ばかり目で追っていた。花山君のことは、一度たりとも目で追わなかったのにだ。
 ヘイスケになった久助は、一週間だけ陸上部に入ることになった。ヘイスケが入っていたクラブだったから。先輩らしき人が久助を見るなり君のクラスの事情は聴いてるって言って、耳のあたりで指をくるくるさせた。それが何を意味するのかわからなかったけど、ヤな感じだった。軽くジョグやってとか言われて、それがウォーミングアップだと知ってたらたら走ってたら、いつ終わればいいのかわからなくなった。先輩面した人がヘイスケ君はさ、なんかケツワレが平気でさ、ちょっとクレージーじゃないのって思ったの。じゃ、君、久助君もケツワレやってみますか? って謎のワードを投げかけられた。その意味が身体で理解にできたのは500mあたりの中距離を走っていた時、ケツから太ももへの痺れのような妙な痛みに気づいた時だった。
 その痛みは、学校帰り自転車のペダルを漕いでる時も止まなかった。陸上部の先輩のいい人そうな一人にこれヘイスケ君にって練習メニューが書かれたプリントを渡された。久助はヘイスケん家に行くことにした。
 ラインで連絡して家の前で約束したら、久助の眼の前にヘイスケが居た。
木立の中でフードを被った10代くらいの女の子が、こっちを向いて笑ってるみたいな風情だったのでヘイスケだって気づかなかった。
「家にいる人が気にするからさ、外で話してると」って言って、久助を玄関まで入れてくれた。靴箱の際の壁は波打ったような楕円の磨りガラスがはめ込められて、街灯の灯りが靴箱の上にまで差し込んでいた。みると家族写真のようなものが飾られていた。フードが風に吹き飛ばされそうなのか、両耳あたりを手で押さえながら立っているヘイスケだった。久助の視線に気づいたのか、「あぁこれ。今日と同じ服だね。こういうの昔はたくさんあってさ俺嫌だから全部とっぱらったの。だから残ったのはこれだけ。家の人が一枚ぐらいいいでしょって言うからさ」
 撮ったのは彼のお母さんで。今は別居していてヘルシンキ在住らしい。

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