小説

『凍える夢』和織(『怪夢』)

「確か、お父様が亡くなってから、夢の中のお母様の顔が、あやふやになったと・・・」
「ええ、だんだん、靄がかかったようになっていくと言っていました」
「それが昨日、死体の顔が奥さんに変わり、それによってご主人は自分を保てなくなった」
 何かの文言を読み上げるように、相模はそう呟いた。
「母親を守れなかったように、妻のことも、自分には守れないと、思い込んでしまったのかも・・・」
「なるほど」
「忘れたままだったら、よかったのかもしれない」
「え?忘れた?」
「ええ、あの、自殺を目撃して気を失ったときのことです」
「ショックでその場で倒れて、その日に入院したってことはお聞きしましたが・・・」
「はい。病院で目が覚めたときには、樹はまだぼんやりしてたらしいんです。でもお父さんから改めて「お母さんが飛び降りた」と聞かされて、飛び降りたときのイメージが、パッと蘇ったって言ってました。ごめんなさい、このことは言ってなかったんですね」
「ええ・・・はじめてお聞きしました」
「樹は、もういなくなってしまった人の為に、苦しんでるんですよね。それじゃ、終わりようがないんでしょうか」
 彼女のその言葉が、相模は妙に引っかかった。だから自分も、口にしてみた。
「終わらない。・・・・・終わることが、なくなった」
 相模は美佐子を見た。バチッと目が合って、美佐子はドキッとした。彼の目線はいつもふらふらしているので、そんな風に真っ直ぐに見つめられたことは、今までなかった。
「ずっと思っていたんですけど・・・八歳の子供が、理由もわからないのに、母親の自殺でどうしてそこまで自分を責めなければならなかったのでしょうか」

 樹は相模の顔をじっと見つめていた。相模は、まだ自分に樹の顔がかぶさっているのを感じつつ、クリアに響くよう意識して、声を発した。
「氷の世界の話をしよう」
「・・・・・」
「君は、冷たい床の上を走った。誰かから、逃げる為に」
「もう、わかってるよ。ちゃんと罰は受ける」
「死んでいたあの女の人は誰?」
「は?」
「誰を殺したの?」
「・・・・・」
「あれは、君の母さんだ」
 樹はゆっくりと首を傾げる。
「・・・お母さん・・・?」
「あの人はね、君のお母さんだよ」

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