小説

『負け惜しみはもう言わない』渡辺鷹志(『きつねとぶどう』)

 ある年老いた男が自宅のベッドの上でまさに今、一人さみしく死を迎えようとしている。
 男は負け惜しみばかりを言ってきたこれまでの人生を振り返った。

 高校時代、男は大学受験で第1志望の大学に落ちた。同じ学校から何名かが同じ大学を受験したが、男だけが不合格だった。
 なんとか別の大学には受かったが、そこはどちらかというと、名前もあまり知られておらず偏差値も低い大学だった。男は第1志望の大学に自分だけが落ちたことのくやしさと恥ずかしさで一杯だった。
 そんなとき、卒業式のときに同級生の間で合格祝いをやろうということになり、男も参加しないかと誘われた。本当は誘われてすごくうれしかったが、自分だけが第1志望の大学に落ちたみじめさとカッコ悪さが頭から離れずに誘いを断ってしまった。
「ふん。第1志望の大学にたまたま受かったぐらいで喜んで馬鹿じゃないのか。あんな大学、ちょっとは名前が知られているが、実は全然中身のない学校なんだよ」
 同級生たちが楽しそうに会話をしながら合格祝いに行く一方で、男は負け惜しみを言いながら一人で帰宅した。

 大学4年生になった男は、就職活動の真っ最中だった。周りの同級生は次々と内定を獲得していったが、男だけはひとつも内定をもらえなかった。
 男は就職活動を続けたが、とうとう卒業まで内定は獲得できなかった。
「何が一流企業から内定をもらっただ。就職なんかしてもどうせ会社の奴隷になるだけだ。俺は組織の奴隷になんかはならない。いつかビッグになってやるぜ」
 本当は内定をもらえた同級生がうらやましくて仕方がなかったが、男は負け惜しみを言い続けた。
 結局男は卒業後はフリーターになった。しかし、どこでアルバイトをしても長続きせず、すぐにやめては働くを繰り返していた。

 男の高校時代の同級生が結婚することになった。その同級生から半ば強引に結婚式に参加するよう頼まれたため、男は仕方なく出席した。
 幸せな顔をした同級生とその同級生を笑顔で祝福する友人たち。
「あんな女と結婚するのがそんなにうれしいのか。おれだったらあんな女、絶対に選ばないぜ」
 本当は、素敵な女性と出会い友人からも祝福されて幸せいっぱいの同級生がうらやましかったが、いつものように負け惜しみをつぶやいた。

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