小説

『道草おばあちゃん』香久山ゆみ(『赤ずきん』)

 ずいぶん遠回りばかりの人生だった。
「志望校は?」
「A校に行きたいと思っているんですけど……」
「うーん……、B校にした方が安全だと思うよ」
「そうですか。……ならB校にします」
 あっさりと志望校を変えた私に、担任教諭の方が戸惑っていた。どうしてもA校でないといけない理由なんてなかった。だから先生の勧めるままB校を受験した。特別優秀な生徒ではなかった。真面目だけが取り柄の地味な生徒だった。けれど、人一倍努力して学年上位を維持していた。だから内申点も問題なかったはずだ。なのにA校を志望することに賛成してもらえなかった理由はなんなのか、私は知らないままだ。
 一事が万事そんな調子。就職活動の時にも、親から「地元の大手企業に入れば安心だから」と説得され、特に興味のない業種の一般職に就いた。真面目でこつこつ取組むのを苦にしない性格なので、事務職ではなかなか重宝された。可もなく不可もなく。職場で表立って文句を言うこともない。「女の子だから一人暮らしなんかせずに実家から通えばいい」、親の望むままの窮屈な実家暮らしの中で、自分の部屋の小さなベランダに植えた家庭菜園の緑だけが私の癒しだった。
 地味で内向的で真面目、それが私のアイデンティティ。道を外れないように、迷子にならないように。私はいつでもおっかなびっくり人の顔色ばかり窺って、きょりょきょろ立ち尽くすばかり。だからいつまで経っても目指す場所に辿り着かない。いえ、あんまりぼんやりしすぎて自分がどこへ行くのかも分からないでいた。
 けれど、もう子供じゃないのだから。こんな私でも社会に出て多少なりとも見識は広がり、それにつれて納得できない壁に遭遇することもふえる。
「どうして?」
 その度に私はそう問いかけた。
「どうして私の企画案なのに私の名前がないのでしょうか?」
「いやきみなら更に良い企画を出せるだろう。今回のプレゼンは若手に経験を積ませてやろう。それにきみは皆の前で発表するよりも、縁の下の力持ちとして皆を支える方が向いてるだろう」
 一会社員として「そうですか」と納得する以外の返事があっただろうか。そんなことが重なった。けれど、懲りずに何度も提案を上げた。私の居場所を守りたかったから。けれど、結局私の名前が表立って褒賞されることはなかった。
 適齢期に知り合いに紹介された見合いで結婚が決まった。
「どうして結婚したら仕事を辞めないといけないの?」
「結婚したら愛する妻にいつでも家にいてもらいたいのは当然だろう。俺はきみを幸せにすると誓ったんだ。きみが家にいてくれれば俺も安心して仕事に集中できる。そしたらきみの生活を楽にしてやれる。それに、子供が生まれたら母親がそばで面倒みてやるのが、子供のためにも一番に決まっている」

1 2 3