小説

『墓じまい』鹿目勘六(『野菊の墓』)

 そこには、夏草に覆われた傷んだ家が建っているだけだった。このままでは、遠からず朽ちて行くことだろう。
「麗子の父母は、彼女の死を悲しんで後を追うように亡くなってしまった。唯一いた弟は、俺達の高校の一年後輩だったが、麗子が家に残ったので東京の大学に進学した。優秀だった彼は、姉の死後も故郷に戻ることなく公務員になった。財務省で出世し、将来を嘱望されていたが、働き盛りの四十代で病気で亡くなつた。東京生まれの彼の妻も子供も麗子の実家を継ぐことは無かった」
 剛の話を次郎は黙って聞いていた。あの若々しく畏敬の対象であった麗子が、余りに儚くその生を終え、しかもお墓も実家も世の中から消えようとしている。
 辛うじて彼女は、次郎と剛等の昔の仲間の胸の中に残っているだけなのだ。
 故郷の山河は、変わらないが、そこに生きている人と暮らしは、この地から消滅しようとしている。
 次郎は、思い知らされていた。東京で自分なりに一生懸命に生きて来て仕事を通して我が国の発展にも微力ながら貢献して来たつもりだった。
 しかし、それは、故郷を追い詰めて消滅させてしまう結果をもたらしていたのだ。
 古希を迎えた、と喜んでばかりいられない現実が彼の目の前にあった。

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