小説

『墓じまい』鹿目勘六(『野菊の墓』)

「監督の陸士アル中は厳しかったが、結構青春を謳歌させてもらったよ」
「俺なんか陸上部のお陰で、女子高の部員と付き合わさせてもらったからな」
 剛は、小鼻を動かしながら言った。
「剛は、長身でスマートで美男子だったからな。今となっては、全く信じられないがね」
 次郎が、茶々を入れる。
「そうだ。明日、和横渓谷まで行ってみないか?」
 剛が、思い付いたように誘った。次郎は、笑顔で頷いた。

 次の日、お昼近くに剛の車で宿を発って渓谷へ向かった。剛は、県内の大学へ進学し地元の市役所に勤め、総務部長を最後に退職した。東京に就職した次郎にとっては、故郷の情報を伝えてくれる貴重な存在だ。
「あの日は、暑かったな。そして遠かったな」
 次郎は、懐かしそうに言った。
「そうだな。始めの内は、女子高と合同の練習会と云う事で張り切って走っていたけど、中盤からダラダラ続く登り道となってスッカリばててしまった。最後は、息も絶え絶えにようやく渓谷に辿り着いた」
 剛も、滴る汗と棒のように重くなった脚の感覚が蘇って来て眉間に皺を作る。 
 あの練習会は、剛と次郎が仕組んだものだった。
 彼等の高校は、旧制中学校を前身とする地域の名門高校で、文武両道を校訓とするバンカラな校風を誇っていた。その彼等の最大の関心事は、同じく旧制女子高を母体とする近くの女子高徒と交際することである。
 陸上部は、競技大会で他校の生徒と接触する機会が多い。それでも自分の競技に必死で、他人にまで関心を持つ余裕は無かったが、地区を代表して県大会やブロック大会へ出場すると自然と相互に応援するようになる。競技者も黄色い声援に鼓舞されて思いがけない力を発揮した。その応援を得たいが為に日頃の練習にも励んだ。
 そのような女子高生の中で一際目を引いたのが山中麗子だった。細身で背がスラリと高く、色白で黒い大きな目と端正な顔立ちは、淑やかを形にしたような容貌だ。とてもアスリートには見えない。だが彼女は、四百メートル走では、県下でもトップクラスのランナーなのだ。短距離の瞬発力と長距離の持続力が求められる、女学生にとっては厳しい距離を必死に走り抜けて行く姿は、感動的だった。それに学業成績も優秀だとの評判だ。
 彼女は、男子高校生にとって憧れの存在だったが、同じ陸上競技に取り組む次郎や剛にとっては畏敬すべき存在でもあった。
「天は二物を与えず」と言われるが、その例外と思える麗子。そして男である次郎や剛を超える頑張り。それが何処から来ているのか分からないが、それが畏敬の源泉なのである。
 次郎と剛が、苦労して集めた情報では、麗子は、町場から20㎞も離れた山間部の集落から毎日自転車で通学していることが分かった。そのことが、彼女の強靭な脚力を造り、持久力を養ったのだろうと二人は推測した。そして麗子の集落の近くには和横渓谷と言う景勝地があることが分かった。

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