小説

『墓じまい』鹿目勘六(『野菊の墓』)

 佐藤次郎。戦争の終わった二年後に生まれた、団塊の世代である。
 彼は、古希祝賀会に出席するため故郷の高等学校を訪れた。学校は、正面玄関のバルコニーに昔の威厳を留めているが、その他は新しい建物になっている。
 次郎が母校に来たのは、卒業以来初めて、実に約半世紀振りなのだ。
 祝賀会の後にクラス別の同級会が、近くの温泉宿で行われるので、それを楽しみに出席したのだった。
 次郎の同級会には、卒業時に50名を超えた級友の内、約20名が参加した。会は物故者への黙祷で始まり、6名の名前が読み上げられた。
 続いての幹事の話では、同級生の約10名は所在不詳で生死不明、その他病気や家族の介護等で15名が欠席したとのことだ。次郎は、しみじみと今日参加出来た幸せを感じた。
 乾杯で酒宴が始まると、酒を飲みながら出席者の各自より簡単な近況報告がなされた。
 次郎は、その顔と出席者名簿を突き合わせながら、少しずつ50年前へタイムスリップして行く。何せ、並んでいる人達は、太っていたり、髪の毛が無くなっていたり、皆が立派に老人なのである。彼等が昔の紅顔の生徒達とはとても思えない変貌ぶりなのだ。
 しかし、名簿と照合しながら顔を観察していると、五十年前の面影が見出せるのである。そうすると半世紀の空白の時間を越えて昔の彼の人が、利夫の胸に蘇って来るのであった。
 一通り近況紹介が終わると後は早速旧交を温め合う無礼講になる。
次郎の席にも親しかった級友が寄って来て酒を注いでくれる。
「久し振りだったな。元気そうで何よりだ」
「今何してる?孫は居るのか?持病は無いのか?」
他愛も無い会話だが、それだけで楽しい。酒が美味い。
同じ様な光景があちこちで展開されている。
 宴が酣になった頃、安部剛がお銚子を持って声を掛けて来た。
「遅くなったが注がしてもらうよ」
「よぉ!剛か。ご無沙汰だったな」
剛は、次郎と同じ陸上部の部員だった。
剛も御多分に漏れず、髪の毛が薄くなり額がそのまま頭へ拡がっているし、身体付きも陸上部で鍛えた面影は失せている。
しかし、昔の話をする時の剛の声は、弾んでいる。
「陸上部は、俺達の青春だったよな」
 次郎が、応える。

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