小説

『墓じまい』鹿目勘六(『野菊の墓』)

「道路整備により少しは観光客が増えたが、予想した程では無く、地域に経済的メリットをもたらさなかった。万事がかように、我々の努力は、中央の発展に比べて実りをもたらさなかった」
 辿り着いた渓谷は、案内板が設置され、歩道も整備されていたが、それ以外の水の流れや滝の風景は、昔のままだった。
 折角なので麗子の墓にも立ち寄ってみることにした。
 剛は、感に堪えないように言った。
「麗子も可哀想だった。美人薄命とは、彼女のためにある言葉のようだ」
 次郎は、黙って頷いた。麗子は、幾つかの大学から特待生の声が掛かったようだが、故郷に残った。そして二年目に、インフルエンザであっけなく亡くなってしまったのだ。そのことを剛から聞かされた時の衝撃は、今でも忘れられない。次郎は、その年の夏休みで帰省した折に、麗子の実家近くの山中家の墓に参った。
 墓域は、奇麗に除草され、水差しに供華が供えられていた。墓碑銘の末尾に麗子の名が刻まれている。それを見つけた時には、麗子の死が事実であることを思い知らされた。次郎は、持参した菊の花を供えて泪を零しながら合掌した。

 あれから半世紀。麗子の墓に着いて自分の目を疑った。夏草が墓域に繁っているのだ。お盆の時には除草したようだが、夏草は強烈な生命力でお墓を覆っている。また、お盆に供えられた華が、枯れて残っている。お参りに来る人が、余り無いのだろう。次郎と剛は、その光景を胸が潰れる思いで見ていた。
 それから二人は、無言で草を抜いた。奇麗になった墓に剛の持って来た華と線香を供えて、手を合わせた。剛は、重い口を開いた。
「山間地の集落は、過疎化が進み、家の維持やお墓の管理が難しくなっているんだ」
 次郎も実家を継いだ太郎から地域の厳しい状況を聞かされている。郡部の集落は、消滅の危機に瀕しているのだ。
「山間部の生業で生活を護ることは厳しくなっている。若者は、村を離れ、老人だけが残された。その老人達が、亡くなれば、家は消えて行く。家が無くなれば、墓を守れなくなる。そうなると寺が消えて、村が消えて行く。この付近では、既に墓じまいが行われている」
 剛は、淋しそうに言った。
 次郎は、暗澹たる気持ちで呆然としている。
「あの中山家もお墓を守る人が居なくなりつつある。俺が東京で働いている間に地方は、悲しいまでに荒廃してしまった。麗子の生きた証であるお墓までも消滅しようとしている」

 お墓参りを終えると麗子の実家にも立ち寄ってみた。

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