小説

『墓じまい』鹿目勘六(『野菊の墓』)

 そこで次郎と剛は、知恵を絞って、女子高と一緒に合同練習と称して和横渓谷までのハーフマラソンを走る計画を立てた。夏休みの練習の打ち上げとして行えば、単調な練習にメリハリがつくと言う殺し文句でコーチを説得しようと考えたのだ。
 しかし次郎と剛が、緊張しながらその提案を行うと思いの外、簡単に承認されてしまった。しかも女子高との交渉は、コーチが行ってくれると言う。一寸拍子抜けだったが、これで誰憚らず麗子と一緒に時間を過ごすことが出来るのだ。次郎と剛は、天にも昇る気分だった。
 しかし、いざ走ってみると大変だった。最初こそ、ピクニック気分だったが、登りの坂が続く中盤以降になると完全に地獄の苦しみに変わる。長距離の選手はともかく、短距離やフィールド競技の選手には、足は全く自分の思い通りに進まない。お目当てだった麗子の姿は、少しずつ視界から消えていた。屈辱感に塗れながら、毎日この道を自転車で通う麗子との鍛え方の違いを痛感させられた。
 先に到着していた仲間に励まされて次郎と剛は、ようやくゴールに辿り着いた。彼等より遅かったのは、太った投てきの選手や女子高の生徒位であった。良い所を麗子に見せようと張り切っていた二人の思惑は、完全に外れてしまった。
 全員が無事ゴールを果たすと、渓谷の撮影スポットである大滝を背景に記念写真を撮った。いよいよ昼食を摂ろうとすると、麗子が近くの実家まで招いてくれた。
麗子の家は、大きな農家であった。彼女の両親は、麦茶と西瓜、漬物等を用意して待ち構えていた。
 生徒達は、縁側や広い庭、または座敷に上がって持参した御昼を食べた。一緒に汗を流した後なので、自然と男と女が交じり、少しぎこちないが、会話も弾んだ。次郎と剛は、麗子の脇に座ろうと狙っていたが、他の男子生徒が抜け目なく両側を占めていた。本命の麗子の近くには座れなかったが、二人の企みが実現し女子高生の脇にいることは、してやったりの気持ちだった。
 女生徒との交流の時間が終わると、麗子の両親も入れて全員で記念写真を撮った。これらの写真の中央には、陸士アル中と女子高のコーチの女教師が笑顔で並んで写っている。あろうことか、その二人の先生は、次郎と剛が卒業した翌年に結婚した、と聞いた。 
 次郎と剛は、二人の隠れたキューピッド役を演じたのだ。

 次郎と剛は、甘酸っぱい記憶を思い起こしながら、半世紀以上も前の夏に走った道を辿っている。
「この辺の道は、もっと狭くて砂利道だった。だから走りにくかったんだ」
 次郎が、ふいに思い付いた様に呟いた。
「そうだよ。あの後、和横渓谷を観光資源としようと道路を拡幅して舗装したんだ」
 剛が、応える。そして、付け加えた。

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