小説

『走れタカス』吉田猫(『走れメロス』)

 私はなんだかよくわからないまま押し切られるようにそう言ってしまった。
「よっしゃあ!俺、頑張るから!」
 ガッツポーズで叫ぶ高須を見ながら「何だ?コイツ」とあきれて何も言えなくなった。でも私の前に突然現れて付き合うための条件交渉までしてくるこの強引で変な男が不思議でちょっと面白かった。

 その日の夜から高須の猛特訓は始まったらしい。夜の街を走る高須を見かけた生徒が「アイツどうしたの」と噂しているのを聞いた時は俯いて少し笑った。
 学校では高須は私と目が合うと笑顔でランニングの振りをしておどける。見て見ぬふりしたけれど。
 二か月目に入ると高須の風貌が少し精悍になってきたようにも見えた。でも多分気のせい。
 一度だけ夜の街を走る高須を偶然見た。反対の歩道にいた私に気付かずに走る高須から何故だか目が離せなかった。

 全校マラソン大会の日、いつも私は体調不良になる。今年もそうだ。それに文句を言う教師もいなかった。でも嫌いな体育教師に今年は休む代わりに外から入ってくる順位情報を白板に書く係ぐらいはしろとに言われた。
 男子生徒の集団が出発してやがてチェックポイントにいる教師から報告が入って来る。
「1位は陸上部佐々木、2位はラグビー部の大城……」電話を受けた体育教師の斉藤が叫ぶ。
 呼ばれた名前を10位まで白板に書いていく。当然だが10位までに高須の名前は無かった。あいつはどこを走っているのやら。だめでも一回ぐらいお茶でも飲んでやってもいいかなとため息をついた。
 第二ポイントにも第三ポイントでも高須の名前はなかった。だけどほとんどあいつのことを忘れかかっていた第四ポイントで私以外の人達にも驚きが走った。
「8位中村、9位高須。ん?高須?高須って五組の高須か?なんでだ?」
 電話を受けた斉藤が不思議そうな表情で回りを見ている。
「高須……やるじゃん」私は思わず呟いた。私は白板に少し大きめの字で9位高須と書いた。
 第五チェックポイントではなんと一つ上がって8位になってた。私は白板にさらに大きめの字で8位高須と書いておまけに赤丸で囲んでやった。こんなことで少しうれしがっている自分がちょっと不思議な気がした。
 まもなく先頭の男子が校庭に入って来る。
 最初に入ってきたのは情報通り陸上部とラグビー部だ。続く男子たちも帰ってくる。3位、4位,少し遅れて5位、6位。そして高須は7位。高須の走りはもうふらふらで今にも倒れそうだ。このままではすぐ後ろの8位の男子にも追抜かれてしまいそうだ。校門からゴールまでのグラウンド一周途中に私の前を通る。ああ髙須、抜かれそうだよ。
 なんだか我慢できなくなって一歩前に出て高須に向かって叫んでしまった。
「走れ!タカス!」

1 2 3 4 5 6