野球部のあいつを思い出す。誰から聞いてきたのかあの男は、お願いすればさせてくれるって聞いたと私に言った。泣きそうになりながら思いっきり頬を張ってやった。思い出すだけでつらくて息が苦しくなる。いやな記憶。
高須はまた急に顔を上げると言った。
「そんなのじゃない。ただ一日一緒にいてもらえればそれでいいんです」
「それでどうするの、バカみたい。結局ヤリたいんだろ?」
また下品な言い方。言ってる自分が嫌になる。
高須は私を見ていたが、口ごもりながら戸惑っている。
「い、いえ……そんなことはないです。一回お茶でも飲んでもらえたらもうそれだけで」
「あんたさあ……」
「いえ、あの俺は……」
高須は昔から私のことが凄く気になって、いつも一人で外を見ている姿を見ていつか声をかけたいとずっと思っていたって言う。おまけにそれが悲し気に見えたって。何様か。
腹が立って余計なお世話だと言おうとしたとき教室の後ろにある掲示板に貼られた一枚の紙が目に入った。
【 秋の全校マラソン大会 】
「じゃあ、こうしようよ」
なんだか意地悪してやりたくなった私は薄笑いしながらそのチラシを指さして言った。
「あんた、マラソン大会で優勝したら付き合ってやってもいいよ」
高須は一瞬驚いた表情して黙っていたがやがて口を開いた。
「だけど……」
「だけど何よ?」
「アカリさん、優勝は無理です。うちの学校の運動部はそんな強くないけど、どう考えても後残りの三か月特訓しても勝てないヤツが何人かはいます。優勝は不可能です」
「最初っからやる気ないんだ」
「違うよ。確率的に可能性がゼロではチャレンジできないと言ってるんです」
なんだか凄い迫力。高須の真剣な言い方に押されて「えっ?」と思いながら私は小さな声で答えてた。
「じゃあ……3位……」
「いえ、ここは5位内ということにしましょう。俺が、この俺が5位に入賞するなどと予想する人がどこにいますか?できたらこれは凄いことだよ。偉業ですよ」
確かに普通に考えたらスポーツなんか何もしているとは思えないこのひ弱な感じの高須が全校で5位になれるはずがない。
「じゃあいいよ……5位で……」