小説

『走れタカス』吉田猫(『走れメロス』)

 周りは嫌なことばかりで二度目の騒ぎを起こした後は誰も何も言わなくなった。両親ですら好きにしなさいって言うから進路希望には「家事手伝い」って書いた。
 外で大人と付き合って悪い噂をされた時だって、結局悲しい目に合っただけで、何もする気がなくなった。それでも学校に毎日通ったのはただ無意味に時間を過ごすためだけだ。
 だからいつも一人で外を見ていた。
 高校三年の六月、あいつが私の前に突然現れるまで……。

 その日の昼休もいつもみたいに教室から外を見ていたら同じクラスのよく知らない男が近づいてきた。何か言いたそうな顔をして私の横に立ちすくむ。ちょうど教室に誰もいないのを見計らってきたみたいだ。
 たしか高須というやつ。名前は英一か英二郎かそんなのだったが覚えてもいない。眼鏡をかけて勉強ばかりしてる感じの目立たない男。そのよく知らない高須が私に何の用だろう。
「何だよ?」
 睨みつけるようにして冷たく言ってやった。
 高須はしばらく俯いていたが、急に顔を上げて真剣な表情で言った。
「お願いがあるんだけど」
「だから何?」
 高須は今にも泣きそうに見えた。
「アカリさん、一度でいいので、俺と付き合ってもらえないですか?」
「なんであたしがあんたと付き合うの?」
 この男は本気でいってるのか。
「俺、毎日あなたのことばかり考えていて、ゆっくり一回お話でもできればと思って……」
 高須はまた目を伏せて本当に泣きそうに見えた。何で?誰かの悪意のあるいたずらにすら思えた。
「なんであたし?あたしのことなんかなんも知らないじゃん」
「そんなことない。知ってます。入学した時からずっと知っています。やっと同じクラスになれてうれしくて」
「あたしの噂とか聞いてないの?」
「聞いてるけど。でもそんなこと……」
「そんなことって何よ?」
「アカリさんはちょっと怖く見えるけど優しい人で変な噂なんか嘘だって思う」
 なんにも知らないくせに、コイツふざけてるのか?
「わかった、あんた、あたしとヤリたいんだ?」
 自分でも嫌になるほど下品な言い方をしてしまう。

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